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婚約破棄され続きの騎士は想いが重い王女の愛で進撃す!  作者: ふみんのゆめ
漢の怒涛篇

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10.漢、励ます(こっそり影から胸を痛め眺められています)

 姫様、とツバキは天幕へ向かう道すがら呼ぶ。


「なぁに、ツバキ。わたくしはいくら言われても意志を変える気はありません」


 振り返ったプリムラは、メイド服の侍女へ決意だけでなく微笑も送る。柔和を装う表情は気を置かない間柄だからこその気遣いだ。

 それがわかれるからこそ、承服など出来ない。


「けれども姫様、危険すぎます。万が一などあったら、ユリウス様が……」


 言っている途中で口は閉ざされた。ツバキだって充分に承知している。なぜユリウスたちが絶望的な戦いへ挑むか。砦門の突破を可能な状態で結ばれる休戦協定は、王国が相手の条件を一方的に呑む形へなる。帝国は間違いなくユリウスの首を所望する。非情な決断は婚約者の父親が下すとなる。


 それにプリムラが耐えられるだろうか。


 どうやら彼の麾下とする騎兵たちは我慢ならないようだ。一縷の望みがあるなら、賭けたい。命を失うはめになっても。


 先ほどプリムラはキキョウに確認した。すっかり仲が良くなった四天(してん)の一人、ベルと会ったか。するとニンジャの少女は忍びの者にあるまじき感情の乱れを見せる。涙がにじませて答える。


 ごめん、と謝られたそうだ。僕はユリウス団長に最後までついていく。だからごめん、だそうだ。 


 話し終わったキキョウは目許を拭う。ニンジャなのだから使命を全うするだけです、と気丈に振る舞ってくる。


「キキョウは強いわね。わたくしは……ダメ」


 プリムラの笑みはとても薄い。


 きっと明日の突撃はユリウスの思いやりもあるだろう。プリムラの父に、王として娘の婚約者を処断しなければならない真似をさせるくらいならばいっそ、と考えている節がありそうだ。


 全ては王国のせいなのに……ただグラジオラス砦門(とりでもん)を守っていればいいものを……くだらない功名心で何もかもぶち壊して……なのに、どうしてユリウスとその騎兵団が背負わなければいけない。


 そう、わたくしなんかと婚約しなければ! 


 不意にプリムラは叫びたくなった。母の言う通りだった、自分なんかと一緒になる男は不幸になる、手前勝手な重い思い込みが愛する男性を破滅へ導く。


 姫様、と呼ばれて我に返った。

 心配そうに顔を覗き込むツバキに、プリムラは反射的に笑いが込み上げる。自分に向けた冷笑が我へ返させる。はぁー、と侍女からの視線を逸らして慨嘆を天へ吐く。


 夜空が星屑を撒いている。

 ユリウスとのダンスを照らしてくれた。二人にとって、優しい天然の灯りだった。

 あれが最後の思い出になるかもしれない……。


 ツバキ、とプリムラは呼ぶ。星空を仰いだままだ。

 はい、とあれば、天へ向かって言う。


「わたくしは母に一つだけ感謝しています。プリムラというぴったりな名を付けてくれたことです」


 ツバキが名前の由来を知らないわけがない。花から持ってきており、その花が持つ言葉も誦じられる。ゆえに覚悟のほどがわかってしまう。


「わたくしは名前の通りに生きたい……ううん、そうじゃない。名前の通りにしか生きられない。だから……やるしかない」


 ずっと共にしてきたプリムラの決意に、ツバキは押し黙るしかなかった。



  ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※



 翌朝、ユリウスは困ったようにこめかみをかいた。イザークは苦笑を抑えきれない。マジかよー、とヨシツネは隠す気もない。


 王国騎兵団騎士長ヘクターは屈辱で顔を赤くしていた。ふるふる肩を震わせてもいた。決戦を前にした打ち合わせで、報告しなければならない内容が恥ずかしいものだったからだ。


 王国騎兵団の現在における数は二千足らず。今朝になったら、そこまで減っていた。


 ヘクターは自国民こそが防衛の志が高いと息巻いていた。すっかり面子は丸潰れである。もっとも勝手に砦門を開けた挙句、敵へ攻め込まれていればプライドも何もあったものではない。ここでも罵詈雑言とまではいかなくても文句を言われて当然だった。


 ぽんっとユリウスがうつむく騎士長の右肩へ手を置く。ヘクターよ、と呼びかける。なかなか偉そうな態度であったが、相手は気持ちを弱らせていた。はい、と素直に返してくる。


「つまり残った王国の騎兵は気持ちが本物だと言うことだな。こんなになっても、まだ戦う気でいる連中であるわけだ」


 はっとしたようにヘクターは面を上げる。まだユリウスの手が右肩へ置かれていても気にしない。


「ユリウスの言う通りです。残った王国騎兵は不利な状況にも逃げ出したりなどいたしません」

「それは頼もしいな。では俺たちの騎兵を一部、預ける。どうか役立ててくれると嬉しいぞ」


 それは、とヘクターが聞き返せば、イザークが内実を伝える。突撃兵としては弱い弓兵の百人を、それからプリムラの護衛用として剣士も出したい。ローエンとミケルの二人だ。


「了解致しました。どうか我々にお任せください」


 溌剌となったヘクターの右肩に置くユリウスの手に力がこもる。


「どうやら大丈夫そうだな。おまえたちなら出来る、俺は信じているぞ」

「ご期待に添えるよう尽力いたします」


 畏まるヘクターの右肩には手が置かれたままだ。

 うむ、とユリウスは満足そうに期待の表れで肩を揺すっている。

 どう見ても上官に励まされる部下の図である。年齢はユリウスのほうが五つ下であるものの、見てくれがおっさんなおかげで、不自然さを全く感じさせない。


 ではいくか、とユリウスが号令をかける。

 おぅ、と配下の騎兵たちは勇ましく応じる。


 後はお任せください、と王国の騎兵長も気持ちよく送り出してくる。


 誰にも見咎められないよう天幕の影からこっそり覗くプリムラの表情は複雑だ。


 所属の騎兵が逃亡などという失態は、結局のところユリウスに負担をかけている。いくら弓兵が突撃に適さないといっても戦力にはなる。たぶん帝国兵が王国内へ侵入を果たした場合の乱暴狼藉に対する備えだろう。突入直後の兵士は一種の高揚状態にある。たいてい無法を仕出かす。諌めるには直接に相対す剣や槍よりも、遠くから飛んでくる矢のほうが効果的だ。高台から狙えれば、標的の数も複数に渡る。


 自分らの戦力より王国内に気をかけた配慮だった。負けた場合に対しての。


 ユリウス及び配下の騎兵たちの、決死なる想いを見ていた。


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