7.漢、講義を聞く(迷惑に思う人もいます)
いちおうと断っておけば、王国は緊急事態である。
砦門の扉は完全に破壊され、覗く通路は領土内へ続いている。いつ帝国兵団が総攻撃をかけてきてもおかしくない。
ただ幸いにも帝国兵団の総指揮官が本営守備の整備を何より優先とした。おかげでしばらく攻勢はなさそうだ。ユリウスに手薄を突かれたウイン皇弟の心臓が未だすくみ上がっていることは想像に難くない。前例のない大規模な兵数であれば陣形の再構築に時間もかかるだろう。
だが準備が整い次第、帝国は戦端を開く可能性はある。
だからヨシツネとベルは文句を言わずにいられない。
「副長ぉ〜、カンベンしてくださいよ。まだ講義を続けます?」
「イザーク副長っ、そんなのんびりしている場合じゃないよ」
二人の、これでもこいつ智将なんて呼ばれるヤツなんだよな、と言いたげな口調だった。
普段は冷静なイザークが気合いを入れていた。それはそれで面倒な状態へ入ったに等しい。
「バカなことを言うな。王国騎兵の誤解は知識の不足からきている。ならば帝国の現在を伝えるだけで終わるわけにはいかない。正しい歴史を学ぶ、今後の示唆を得るうえで欠かせないものだ。わかるな」
二人にすれば、わかるなと言われても、困る。
これまでイザークの弾丸がごとき教授が続いていた。
まずは帝国の経済状況を事細かに説明した後だ。侵攻理由について述べだす。一部の上級層が自身の利権は手放さず財政の窮状を解消したいなら、もはや他国へ求めるしかなくなっている。国家運営において牛耳れる立場を脅かすユリウスの排斥が第一としたうえで、他地域からの利益確保もまた外せない。帝国が召喚したと主張する異世界人二人の処遇も含め、王国から何かしらの便益を得るまで撤退はしない。
これだけの増員をかけて何もなかったではすまされない。危険人物の抹殺だけでなく利潤もまた確実に得る。侵攻をかけた帝国の、これが思惑である。
以上、私見も混じっている気がしないでもないイザークによる、ここまでの教授はまだ聞けた。要点をまとめなどしない、くどくどした話し回りはうんざりさせられたものの、興味を惹いた部分はある。
より深い理解をしてもらうため『帝国の興亡史』を始めよう、と切り出されて、もういいよとなった。どう考えても歴史の講義となる。約三百年も続く国家であれば、長いに決まっている。
王国騎兵団だけでなくヨシツネやベルにしてもたまったものではない。
ふっとイザークが笑う。なぜか語り聞かせるべき王国の騎士長ヘッセンではなく、二人へ向く。前々から思っていたのだが、との前置きが矛先の変わったことを教えてくる。
「ヨシツネとベルは知識を軽んじすぎだ。実戦に関するだけでなく、過去から学び未来へつなげる姿勢をもっと持つべきだろう。ユリウスでも士官学校の試験ではぎりぎりながら及第点は取ってきた。アルなど見た目はこんなだが意外と知見はある」
どさくさな話しになってるのぉ、とアルフォンスが顎髭を撫でながら愉快そうに言う。
ベルとヨシツネは、はいそうですかとならない。ちょっと待ってよー、と前者が、マジですか! と後者が返している。
我々も散り散りになった騎兵を集めてきます、とヘクターまでこれ幸いとしてきた。まだ面識を得てから間もない敵慨心に満ちた王国騎兵長ですら辟易とさせていた。
イザーク、恐るべしだな、とユリウスがうんうんと感心していた。
「ではヘクター騎士長、後ほど。夜を徹してでも話す覚悟がこちらにはあります」
相手の覚悟は考慮しないイザークである。
王国の騎士長ヘクターは返事しなかった。早く皆を集め立て直さなければ、と誰ともなしに大きめで発するのみだ。遠回しに、嫌だと表明していた。
ヘクター騎士長に付いて王国騎兵が去っていく。
いなくなった途端、すっとユリウスがイザークが近づく。すまなかった、と詫びている。
これでヨシツネとベルは、ようやくといった表情を作る。
「なんだ、そういうことだったんですか」「人が悪いよ、イザークさ」
不遜な王国騎士長を黙らせるための行為と、ここに至って理解した。
そんなわけではなかった。
「何を言っている、二人とも。私はあの王国騎士長に帝国の興亡史を説くつもりだ。どうも騎兵団を率いるにはヘクターという者は近視眼すぎる。味方兵を少しでも確保しなければいけないため堪えているが、本来なら処刑ものだ。一晩中の講義を受けさせるくらいの嫌がらせは当然だろう」
「なんだ、自覚あるんですね」
ヨシツネが、ほっとしている。イザークは自分の長話が聞く者にとって苦行と理解している。ならば自分らへの矛先は取り下げられると踏んだ。
あっさりイザークは首を横に振って否定する。
「それとこれとは、別だ。いずれヨシツネとベルには学んでもらおうと思っていた。いい機会だ、ヘクターと共に私の講義を受けるように」
まるで先生である。求められた生徒たちは悪童に該当すれば、冗談でしょ、と怯えが隠せない。
ユリウスの騎兵団に笑いが生まれた。
では、と騎兵の一部が砦門を守備するべく通路傍へ移動を開始する。夜営の準備もあれば、天幕や食事器材の用意について声が飛び交う。活気が戻りつつあった。
ユリウスを中心にして四天の四人も歩きだす。外部からの侵入を可能とする砦門の弱点へ進むなか、アルフォンスがイザークへ向く。
「ところでイザークは、あのヘクターとかいう奴に何を教える気かのぉ」
「なに言ってるんですか。帝国の歴史でしょ」
横からヨシツネが割り込んだ。
ふぉっほっほ、とアルフォンスは立ててからだ。
「確かに歴史には違いないがのぉ。イザークは帝国の興亡史を話すと言うからのぉ」
「なにか、おかしいんですか?」
「興亡史とは、誕生から滅ぶまでの歴史だからのぉ」
あっとヨシツネだけでなくベルもなった。ようやく真意に辿り着けた。
まだ負けてはいない、これから帝国に勝つ。
ヨシツネとベルの二人はイザークの強い意志をようやく理解した。胸が湧き立つ。
もっとも本人から、だから学びは必要とし講義を受けるよう言われて閉口することとなるが。
冗談でしょーとヨシツネの嘆きに笑みがこぼれるなかだ。
ふと足を止めたユリウスが頭を下げて詫びだす。
帝国の総指揮官ウイン皇弟を目前にしながら討ちきれなかったこと。行く手を阻んだ相手がシスティアだったこと。最初の婚約者に気持ちが揺らいでいる間に絶好の機会を逃してしまった。
包み隠さずの告白に四天の四人は笑うだけだった。それこそがユリウスだと言ってくる。
五人の姿はハットリに主人へ行う報告を仕上げさせた。
受けたプリムラは、ある決断をする。
ツバキの反対を振り切って、直ちに行動へ移った。




