4.漢、久しぶりに踊る(その決意を姫は想像する)
星空を二人きりで眺める。それはいつも大事な話しをする時だ。
ユリウスとプリムラは草原の上に並んで腰掛け見上げていた。
きらめく満天であれば、明日も晴れるだろう。
……できれば悪天候であって欲しかった。
双方の兵団が動きをためらうくらい大荒れだったら、とプリムラは願わずにいられない。
「ああ見えて手のかかるヤツなんだ、レオナは。まったく昔からだぞ」
報告だけでなく、はっはっは! と高笑いまで付けてくる婚約者だった。
だから気持ちを、プリムラは押し殺す。微笑みだって作ってみせる。
「でもユリウスさま、よろしいのですか。レオナ様のおそばに付いていなくて」
「出血は多かったみたいだが、命に別状がないみたいだからな。それに今はよく眠っている。ならば俺は婚約者へ会いに行くぞ」
「レオナ様には申し訳ありませんが、嬉しく思ってしまいます」
……やな女ですね、と少しの間を置いてプリムラは付け加えた。
やっぱりというか、ユリウスは定石通り騒がしい。
「何を言うんだ。俺の婚約者が嫌なヤツなわけがない。素晴らしい、そう素晴らしい女性なんだ。どんな男でも好きになるぞ。婚約三回も破棄された俺なんかが言っても納得できないかもしれないが、婚約者が保証するのだから間違いないぞ」
誰が説得されるんだとする言い回しで断言してくる。
プリムラは婚約者だ。ずっと共に過ごしてきた時間もある。ふふふ、ともれる笑みはくすぐったい。
「そう言ってもらえて、本当に嬉しいです。でもわたくしはユリウスさまだけに好いていただければいいのです。他はいりません」
「俺の婚約者は素晴らしすぎるぞ。きっとどんな男でも夢中になるぞ。婚約者の俺が言うのだから、そうに違いない」
拳を振り上げてまでユリウスは力説してくる。
プリムラは言いかけて、やめた。
今宵はきっとお互いに本心で話せない。上滑りな会話で終わるだろう。それなら思い出を作りをしよう。そうするしかない。
ユリウスさま、と呼んで立ち上がった。
「久しぶりに踊りませんか?」
一瞬の躊躇はあったものの、ユリウスもまた勢いよく腰を上げた。
「そうだな。戦火の合間に婚約者と星空の下で踊る。俺には過ぎた幸せだ。喜んでやるぞ」
昼間の戦火が嘘のように静かな夜、戦地の片隅で二人は手を取り合う。
星くずが降ってきそうな下で、愉しげな声と笑いが響く。
なんで上手くならん、とユリウスが嘆けば、お上手になってますよ、とプリムラが優しく否定する。二人はステップを踏みながら、帝国の舞踏会で初めて一緒に踊った時やグネルス皇国へ招待された際が話題となった。カナン皇王の話題に至っては本人が聞いていたら悲しむような雑さで語られる。陰口に相当するのだが、懇親を基本としたあっけらからんな口ぶりが明るい笑いを生んでいた。
いつまでも続いていて欲しい時間だった。
だがこの世に永遠はない。
ユリウスは明日に備えなければならない。命と命を削って勝敗を決める決戦が待っている。
プリムラ、とユリウスは呼んだ。右手が左の胸を押さえている。
「もらったお守り。俺は絶対に離さないぞ」
嬉しいです、とプリムラは返した。それ以上は何も言わなかった、言えなかった。俺の婚約者でなく、名前だけを呼んだ心象がいかばかりか。想像したら、何も出てこない。
いつまでも健康でいてくれ、とユリウスが言う。天幕まで送ったプリムラへ去り際に残す願いだった。
はい、とプリムラは返事した後も送ってくれた婚約者を見送る。
ずっとずっと背を眺める。暗がりに消えても視線を外さない。
姫様、と心配したツバキに呼ばれるまでずっと佇んでいた。
「わかっている。うん、大丈夫です。それよりツバキ、みんな揃っている?」
はい、と返事があれば、プリムラは天幕の布を捲って内へ入る。
片膝をついて頭を垂れる少年少女がいた。サイゾウとハットリにキキョウの三人である。メイド服の侍女ツバキも付いてきている。姫付きのニンジャは勢揃いしていた。
ハットリ、とプリムラが呼ぶ。返事があれば、さっそく尋ねる。ユリウスさまと四天の四人だけの話し合いは、どんな様子だったか。
「ユリウスが……すごく責任を感じていた」
続く説明によれば、どうやら包み隠さずユリウスは事の次第を打ち明けていたようだ。
帝国の戦乙女は最初の婚約者システィアだった。行く手を阻まれて払い除けられず、総指揮官ウイン皇弟を討ち漏らした。現状の苦境は全て自分の責だと、四人へ頭を下げていた。
「四人はそんなユリウスさまに対し、どんなことを仰っていましたか」
努めて冷静とするプリムラの質問に、なぜかハットリの口もとが綻ぶ。理由はそれから語られる内容で判明した。
ユリウスだからのぉ、とアルフォンスが始め、団長だからなぁー、とヨシツネは笑っている。だね、とベルが深くうなずき、それがユリウスだからな、とイザークは妙に力強い。
つまり四人とも、とてもとても納得していた。
おかげでユリウスのほうが怒り出す始末だ。もっと責めるべきだとした主旨で吼える。
それに対しイザークが、いいんだ、とくる。そんなおまえだから私たちは付いてきた、とまで言う。
「なんかユリウスが照れ臭そうだった。バカやろーなんて叫んでいたよ。なんかいいよね、あの五人ってさ」
笑顔のハットリが羨ましさを隠さない。いいな、とサイゾウもぼそり呟いている。
肝心のプリムラは厳しい顔つきのままだった。むしろより険しさが増した様子でさえある。
「そうですか、ユリウスさまはそこまで責任を感じていられましたか……」
誰ともなしに口へ出した後、唇を噛み黙り込んでしまう。
姫様? とツバキに呼ばれて少し間を置いてから、プリムラの唇がゆっくり開く。愛らしい唇から発せられる言葉がニンジャたちを深刻の谷底へ落としていく。
ユリウスさまは死ぬ気でいくみたいです、と。




