3.漢、ではないほうの巨漢です(姫は考える)
グラジオス砦門は扉を失った。通路に置いた障害物は急遽とする代物であるため、除去は難しくない。突入なら出来る、と攻めるほうに思わせられる仕様になっていた。
無論、ハナナ王国側も指を咥えて見ているだけではない。
見張りを置き、ユリウスの騎兵団も砦門に詰めている。異世界人のドクタータナカもやって来て兵団医師として就く。武力に限らず総力を集めていた。
だが圧倒的に不利な状況は変わらない。
レオナの負傷で、翼人による索敵はもう叶わない。これからは従来通り敵の動きを読む、言い換えれば予想して斬り込んでいくしかない。数による戦力比は八十倍以上の開きまでなっている。いくら闘神を要しても勝てるなどと考えられない。
ふっとプリムラは息を吐いた。
見上げる先には暗闇に隠れた防壁の役目が果たせなくなった砦門がある。でももっと遠くへ向けているような視線だ。あるいはもしかして何も映していないのかもしれない。
姫様、とツバキが心配のあまり呼んだくらいだ。
大丈夫よ、とプリムラは笑みをもって踵を返した途端だった。
ぬっと大きな身体がそびえていた。待ち構えていたのだろう。
プリムラは名を口にしかけた。けれども相手が違うことに気づいて慌てて飲み込んだ。
ふぉっほっほ、と笑いが湧き起こった。
「すまんのぉ、姫。ユリウスじゃなく吾輩で」
アルフォンスに見透かされていて、プリムラは赤面した。
「すみません。でも配慮はとても嬉しく感じております」
「やはり姫、あれかのぉ。ユリウスが幼馴染みに付きっきりで気になるかのぉ」
「もちろん気にはなります。けれどもユリウスさまは王になられるお方です。正妃一人といかないくらい承知しております。それに今後を思えば亜人から妃を多く迎えるべきだと、わたくしは考えます」
アルフォンスの返答は、ふぉっほっほ! の笑いだけだった。
だからついプリムラはむきになる。なってしまうところが、らしくない。
「本当です。わたくしはユリウスさまが王になるべきだと思っています。立場に相応しく幾人もの妃を迎えるべきです」
「姫にしては、ずいぶん強い口調が多い気はするのぉ」
また笑い出しそうなアルフォンスの指摘に、プリムラは白旗を掲げるしかない。
「アルフォンス様の仰る通りです」
まぁ、なんだのぉ、とアルフォンスは顎髭を撫でながら始める。
「ユリウスを王にしたい、とイザークが言い出した際に吾輩やベル、ヨシツネでさえ笑うどころか真剣にうなずき返したくらいだからのぉ。でもの、ユリウス自身はどうかのぉ」
「ユリウスさまは自己評価は高くない……ううん、違う。自己評価自体をしないお方です。本当に……周囲のことばかりを考える優しいお方……」
「吾輩の見立ては姫とちょっと違ってのぉ。ユリウスのあれは、木こりでいいとする考え方が根本にあると思っておるの。出まれた場所で育った自分が本来あるべき姿だったと考えているような気はするのぉ」
プリムラのすみれ色の瞳が広がっていく。それは思いがけない考え方だった。
「ユリウスさまの望み……」
「本人の才は国造りの規模に及ぶがのぉ、当人はずっと家庭を持って木を切って暮らしたいだけだったかもしれんのぉ。まぁ、これは吾輩の想像にすぎんが。ただ……」
ただ? とプリムラが疑問符を付けての鸚鵡返しする。
にやり、アルフォンスにしては珍しく声を立てず笑う。
「姫と再会してからのユリウスは家族を作るなら『好きな女』となったかのぉ。他の女は考えられなくなっているようだしのぉ」
ふぉっほっほ、と今度こそいつもの笑いを立てた。
プリムラにすれば本音かどうかわからない。アルフォンスは気を遣っているだけかもしれない。
ニンジャから報告は受けている。
帝国侵攻兵団へ新たに派遣された戦乙女の正体を。
ストレリツィ男爵令嬢システィア。ユリウスの最初の婚約者であり、破棄した相手でもある。
どういう経緯で今回の戦いに加わったかは不明だ。
けれど本営に迫った敵の前に立ち塞がった。勇猛か無謀かとする判断は迷うところだが、ユリウスは斬り伏せられなかった。戦乙女の威光が闘神に勝利した、と帝国兵を活気づかせてしまったのは、紛れもない事実である。。
ユリウスの私情で帝国の志気を象徴する存在が誕生してしまった。
ユリウスの騎兵団を中心としたハナナ王国側にすれば帝国の士気は注視すべき点だ。いつまでもやる気に欠けていて欲しかったが、戦乙女が戦意の拠り所へなりつつある。
「わたくしは、ユリウスさまにとって何か役立てるでしょうか」
アルフォンスの笑いが止んだ。
「姫がそのままいるだけで、ユリウスには充分だと思うがのぉ」
にっこり、プリムラは返す。ありがとうございます、とぺこり頭まで下げてくる。
可愛らしい姿にユリウスなら感激しただろう。
アルフォンスはちょっと複雑そうな顔をした。けれどもすぐにかき消しては、例の笑い声を立てる。吾輩も決戦に備えて少しは休まんとのぉ、と言って軽く手を上げた。
アルフォンスが見えなくなれば、プリムラはため息を吐いた。
またであれば、メイド服の侍女は放っておけない。姫様、とツバキが心配して呼ぶ。
「ユリウスさまの最初の婚約者は戦況を劇的に変えたようね、仇なす形で。ならば現在の婚約者であるわたくしは何ができる、何をしてあげられる?」
ツバキには答えられない。プリムラも困らせた自覚があるから、続けて言う。
「変なこと、言ってごめんなさい。大丈夫、わたくしは大丈夫」
無理やり自分を納得させたプリムラは踵を返す。
今度も巨漢が待ち構えていた。
ただし今回はその名を口に出していい相手であった。




