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婚約破棄され続きの騎士は想いが重い王女の愛で進撃す!  作者: ふみんのゆめ
漢の怒涛篇

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2.漢、医者はどこだとなる(戦況は深刻です)

 背中から引き抜かれた刀身は赤く染まっていた。


 どさり、口から血を吐いたゼノンが前のめりで落ちていく。みるみる後背は赤い染みが広がっていく。一言も挙げられず絶命へ至っていた。


「困った人だ。余計なことをしないでくださいよ」


 黒髪の利発そうな青年が取り出した布で剣の血を拭っている。着用する騎兵服は黒地に赤の線が入っていた。


 すごいよ、ローエン! と同じ騎兵服を着たミケルが駆け寄った。鼻の曲がった痛々しい面貌も感激によって輝いている。無邪気な笑顔は大抵の者に好感を抱かせるだろう。


 現に怜悧な感じで普段は通すローエンがちょっと照れている。


「べ、別に。いつものことだって。ミケルならわかるだろ」

「なに言ってんだよ。ローエンはずっと凄かったよ。会った時から、ずっとね」


 激賞のミケルに引き続き近づいてくる者がいた。うおおおぉおおー、と必要ない叫びを上げてユリウスが走ってくる。


「よくやったぞ、ローエンよ。いやいや、これでは偉そうだな。助かったぞ、偉いぞ、礼を言うぞ、ありがとうだぞ。大丈夫か、レオナっ」


 一方的に捲し立てては、怪我した人質へ向かう。倒れた背中は血だらけだ。ひどく翼がやられている。


 ……大丈夫だよ、とうつ伏したレオナが顔だけ上げた。笑みに力はない。


 すぐにユリウスは両腕で持ち上げた。背中の翼を痛めている状態であれば、対面で密着する形で抱えた。

 レオナの顔が右肩に乗っかった。目を閉じて幸せそうな表情だ。


 それをじっとプリムラは見つめていた。 

 

「死ぬんじゃないぞ、レオナ。今すぐ医者に行くぞ。ドクタータナカはどこだ、あっちだ」


 独り合点したユリウスは疾風となった。ビュンッと鳴らして走っていく。あっという間に姿を消す。


 おかげでプリムラとツバキ、四天(してん)の四人に、殊勲者ともう一人は取り残された感が強い。しばし唖然となった。

 空気を取りまとめる役目はやはりというかイザークが担った。


「さすがだな、ローエン。音もなく背後に迫る術はアサシンだからですまない見事さだ」

「騎兵だったなら身に付けていない技能なので、あまり誇りたくないのですが……まったくアサシンの矜持ですか……困った人だ」


 鞘に剣を収めつつローエンは視線を下方へ落とす。先にはゼノンという名だった肉塊が転がっている。誰の目からしても、迷惑だ、としている姿が窺えた。


「アサシンだったことを、そんな気にしないでくれよ。ローエンもミケルも僕らにとって頼もしい騎兵さ」


 ハーフエルフのベルが笑顔を向けた。


 ありがとうございます! とミケルが張り上げる。まるで我が事のように喜んでいる。ただローエンは差し置かれて所在を失った格好となった。賞賛にも冷静な態度を崩さなかっただけに、ここで困惑する姿が微笑ましい。


 緩んだ空気を象徴するようにヨシツネが馴れ馴れしさで訊く。


「しっかし、お見事だったよな。姫さんがちょうど現れたタイミングで行くなんてよ」


 誉められ続きのローエンがプリムラへ向く。


「いえ。これは姫様からの発案で、自分は従っただけです」


 へぇ? となったヨシツネに四天の他の三人も倣う。まず驚いては、それぞれの表現で感心の言葉を挙げていた。


「以前、今夜のような形でローエン様に救っていただいたことがあったのです。経験があったからこそ浮かんだ案です。特別な思い付きではありません」


 ユリウス一行が魚人(ぎょじん)族のムート立国(りっこく)へ訪れた際に騒乱は勃発した。海を渡って襲撃してきた異大陸のキバ一族に十人程度で迎え撃つなど心許ない限りだ。グネルス皇国へ援兵を求めるプリムラが一人で向かっていたところを狙う者がいた。リデルという仲間まで裏切って性癖を満たそうとした者の背中へ、ローエンは突き刺す。行く手を塞ぐ邪魔者を排除してくれた。


 プリムラはそうした経験があったから閃いたとしている。


 いやいやいや、と四天の四人にミケルまで加わって、ご謙遜をとする態度を取った。イザーク以外は同じような体験をしても、このたびのような作戦が早々に浮かんできたとは思えない。さすがだぜ、姫さん、とするヨシツネの言葉が皆の気持ちを集約していた。


「でもこれから我々はどうなるのでしょうか?」


 ふとローエンの誰ともなし挙げた疑問が、空気を厳しいものへ戻した。


 ある意味、ゼノンが起こした人質事件の時より重くなる。

 翼を傷つけられたレオナであれば、しばらく飛行は困難であろう。これまでのように上空からの敵陣を把握するなど不可能となった。敵陣の展開情報が、いかに味方にとって有効だったか。各国が翼人(つばさびと)を欲しがった理由を実感した、ここまでの戦いだった。


 翼人の身体的能力を活かした索敵によって導きだされる作戦が、現状、帝国より唯一とする優位な点だった。


 だが今宵の凶行によって断たれてしまった。


 どうしたものかといった視線をイザークは夜闇へ向ける。


 暗くてはっきりしなくても外観はつかめる。

 ハナナ王国へ通じるただ一つの山峡を砦門(とりでもん)が塞ぐ。堅固の花言葉を持つグラジオスの名称が与えられた巨大な石造りだ。全体的に見れば破壊は容易ではない。


 ただし、いくら鎖国を敷いていようとも完全な遮断は出来ない。天変地異など王国から脱出を必要とするような不測の事態は考慮しておくべきだ。交通路は備えておかなければならない。


 物々しい砦の形を取っても、門とする扉は備えた。木と石を材料とした観音開きで、そう簡単に開けないほど重い。かつ内側の通路は戦さに備え重石などの遮蔽物を置いていた。通りたいなら砦門の隅に備えた玄関口と称す小さな扉を潜るしかない状況だった。ユリウスたちがハナナ王国へ入国した際に利用した小さな坑道だ。人独りしか通れない大きさでしかなく、巨漢ならずっと腰を屈めなければならない。


 グラジオス砦門は念には念が入った造りとなっている。山峡の最も狭まった場所に建つから攻め込める兵の数も限られる。守護兵が詰めていれば、充分に持ち堪えられるはずだった。


「どうしたものかのぉ〜」


 のんびりながらもアルフォンスはイザークが呑み込んだ台詞を口にした。


 早々に破られようもない砦門の扉は、今や開けっ放しに近い。


 そこへ切り札と思われていた翼人が行動不能とくる。


 王国及びユリウス率いる騎兵団の状況は深刻であった。

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