67.漢、難題が次々と(姫も無関係ではない)
焦る者は拒否を口にするユリウスだけでない。
イザークがそれはもう慌てた。
「なにを考えている、ユリウス。せっかく先方から協力関係を申し出てくれているのに断るとは、なにごとだ!」
珍しく馬鹿野郎とでもするような荒げ方だった。
けれどもユリウスだって負けてはいない。
「当たり前だろ。こんな大げさなでは……また婚約者なんて話しになってしまうぞ。俺は仲良くなれればいい、ただそれだけなんだ!」
魂の訴えだとここまで共に来た者たちだからわかる。だが届くかどうかは別の問題である。
「なんだ、そんなことか」
途端にイザークは平静へ還った。冷静な交渉者として魚人族の新たな首長へ向かう。
「これから我々は龍人族の下へ向かいます。そこで亜人の主な部族全てを廻ったことになります。魚人族の参加同意が得られれば、各種族の代表を一同に会す場を設けたいと考えております」
「わかりました。 我々はユリウス様らの要望に見返りを求めず応じましょう」
有難うございます、とイザークが丁寧に頭を下げている。
肝心の漢も思い切り安堵していた。
「そうか、そうか、良かったぞ。また婚約者を、なんて話しになったら俺も海の向こうへ行きたくなるからな」
はっはっは! ユリウスは高笑いも響かせてくる。
キバ一族を乗せた船はすっかり彼方向こうだ。海流も通常へ戻っていれば、渡航可能になるまで百年はかかる予定である。襲来へ備える時間は充分にある。
なにかも一件落着とするなかで、そうはいかないこともあった。
「しかし多種族が婚約を結ぶなか、我々魚人のムートだけは無しなどといきません」
生真面目なハリアらしい。新しい首長として最初の仕事だとばかり張り切っているさまが見受けられる。本気以外の何物でもない。
当然ながらユリウスの高笑いは消える。打って変わって汗をかかんばかりに訴える。
「ま、待て。俺はな、我が婚約者はプリムラだけでいいんだ」
「けれどもユリウス様。亜人の各種族から婚約者を得ていると聞き及んでおります。我々だけが例外とはいきません」
「例外も何も俺は婚約者を破棄され続けたようなヤツだぞ。なのにここにきて婚約者が増えていくなど、おかしいだろ。だな、デボラよ」
ユリウスの咄嗟な思いつきはなかなか的を射ていた。意見を求めた相手もいい。気難しい先代の魚人の長でさんざん敵対してきた相手である。反対は確実と思われた。
「……儂はかまわん。闘神ユリウスならば、我が娘をやってもいいくらいだ」
なにっ、とユリウスは酷い裏切りにでもあったかのように驚いている。
「ユリウス様。すでに父は認めております、私だって姉を託すに相応しいお方だと認識しております」
新首長のハリアが息子とする立場で追従してくる。
しかしだな、となおも喰い下がろうとするユリウスの肩に、ポンッと手が置かれた。
「ユリウス、諦めろ。亜人をまとめ、人間との架け橋になる王であれば、生まれる人間関係は多岐に渡る。仕方がないことだ」
気安い間柄のイザークが、さらり重要事を口にする。
ここであまり強く出ては目の前にいる大勢の魚人が不安がるだろう。わかるからユリウスは口をへの字に結ぶしかない。笑いを生む顔つきを見せていた。
いつまでも笑っていられない事態が訪れた。
一見で衆目を集める人物が馬で乗り付けてきた。颯爽と登場する姿が絵になる美男で、紫の騎兵服を身に付けている。慌てて同じ色した多くの騎兵が追いかけてくれば地位の高さが窺えた。
止めた馬から降りるなり、名を告げてくる。カナン・キーファ、グネルスの皇王です、と。
当初は問題なかった。
国の最高位にありながら腰は低い。無断で越境したことをお許してください、と深々頭を下げる。グネルス皇国騎兵団は連絡なしで魚人族の首都マルコまで来ている。だが事情が事情だ。実際にキバ一族が引き揚げを決断する最後の決め手は多勢の援兵を認めたからである。
こちらこそ感謝を、とハリアは両手を振って謝罪不要を示す。助けていだいた、と頭を下げた。
ここでカナンがきな臭さを漂わせてきた。以前にも見た、表面上は謙虚なくせに内では碌でもない策謀を巡らせていた、あの顔だ。
「私のほうこそ感謝したいくらいです。個人的な話しになりますが、ここまで赴くに当たり充分すぎる対価を得ております」
そう言ってカナンが目を向ける。
先には闘神と名高い漢の婚約者であるハナナ王国第八王女がいる。
視線を感じたプリムラはユリウスの腰へしがみつく。
「すみません、わたくし、わたくし……」
「どうした我が婚約者プリムラ。なにがあった」
心配さ全開のユリウスへ、カナンが笑うように言う。
「心変わりですよ、ユリウス騎士。プリムラは気持ちを改めたわけです」
聞き捨てならないのは当事者だけでなく、ずっと共にあった仲間たちも含まれた。




