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66.漢、信じろとする2(一人だけ駄々をこねます)

 これまでずっとデボラは手の拘束が解かれても地べたへ尻を落としていた。泣き崩れたまま、処刑されることを待ち望んでいた。


「愚弄するか、闘神(とうしん)ユリウス。儂を騙し、簒奪にやってきた相手が気の毒だと。何を考えている!」


 激昂が気力を取り戻す例となった。立ち上がったデボラは肩を怒らせて喰ってかかる。


 はっはっは! とユリウスがお馴染みを繰り出してくる。なにが可笑しいっ、とさらに激るデボラの反応にも嬉しそうだ。


「なんだ、元気になったようではないか、デボラよ。ならば逆に問おう。おまえだってわかっているはずだ」

「なにをだ」

「キバのハザルはデボラとの約束を違えていない可能性だってあることだ」


 ぐっとデボラは言葉に詰まっている。

 証拠を与えるような態度にユリウスは左手を腰に当てて続ける。


「今回の襲来は子孫が勝手にやらかしただけかもしれないぞ。キバの連中は魚人(ぎょじん)の存在を教えたはずの父だか祖父だか知らんが、ハザルの名を一度も口にしなかったぞ」

「騒乱の最中ゆえに出されなかっただけもしれないではないか。実際は一族の者たちへ奴婢するには格好の種族がいると伝えていたかもしれないだろ」

「ああ、そうかもしれない。でも違っていたら、どうする? ハザルという男が約束を守るつもりでいたならば、デボラに誤解されて気の毒となる」


 ややデボラはうつむいて、声を絞りだす。


「もし騙されていたとしたら、どうする」

「それはそれで構わんだろ。やつらは襲来したが撃退されて帰っていった。ただそれだけの話しだ。だが子孫の勝手だとしたら、せめてデボラよ、おまえがハザルを信じてやらなくてどうするんだ」


 顔を上げないデボラから返事はない。


 ユリウスさま、とプリムラが横へやってくる。どうした、と訊くが婚約者のすみれ色の瞳を見れば了解できた。頼む、と会話の主導権を譲る。

 じっとプリムラは魚人族のムート立国を主導する人物へ顔を向ける。


「デボラ様の数あるご懸念の一つに関しては、わたくしに任せていただけませんか」

「ハナナ王国第八王女が、なにをする」

「わたくしはいずれ故国を訪れる機会もありましょう。その際にはデボラ様の下から出奔したお嬢様について調べご報告を致します」

「それに何の意味がある」

「心配なのでしょう、お嬢様が。それはわたくしにすれば羨ましい、親が娘を思う気持ちです」


 デボラが顔を上げる。プリムラの言う含むところを了解した表情だ。


「ハナナ王国第八……いや、プリムラ王女。それは貴女の暗殺を依頼した者へかける慈悲か」

「そんな大げさなものではありません。ただ……」


 プリムラは隣りの大漢とする婚約者を見上げて微笑む。


「ユリウスさまと過ごすうちに生じたわたくしの変化とでも申しましょうか。そうしたいと思っただけです」


 ふっとデボラは負けたとばかり静かな息を吐く。儂の……、と言いかけた時だ。


「なにを言うんだ、我が婚約者プリムラはちっとも変わっていないぞ。素晴らしい女性のままだ。そう思うよな、な?」


 相手を遮って騒ぐユリウスの確認先は仲間たちだ。ずっと共にあった者たちであれば遠慮はない。


「ユリウス。王女の真意はそこでない」

「せっかくひとかどの人物だったのにさ、オチがそれじゃ台無しだよ」

「団長ぉ〜、勘弁してくださいよ。阿呆が際立ってますよ」


 真面目な顔したイザークに、ベルとヨシツネが呆れて続く。

 ふぉっほっほ、とアルフォンスは言葉なく顎髭を撫でている。

 女性陣は揃いも揃って表情に困っていた。


 ただハットリだけは味方だとばかり主張する。


「これがユリウスなんだよ。しょうがないじゃないか」


 隣りに立つサイゾウがハットリの小脇を突きながら囁く。助けになってないぞ、と。

 だがこれをユリウスは有難いとして受け取った。


「そうだぞ、ハットリの言う通りだ。我が婚約者プリムラは素晴らしい、これはしょうがないんだ」


 他人の話し、聞いてます? とヨシツネが駄目出ししたところでやってきた。


 ユリウス様、とハリアが父デボラの横に立つ。


「おぅ、なんだ。やっぱり我が婚約者プリムラは素晴らしいと同意しにきてくれたのか」


 やれやれとイザークは首を横に振っている。


 ハリアは快活に響かせてくる。


「はい、プリムラ王女は素晴らしい人です。そしてその婚約者であるユリウス様も」


 はっはっは! とユリウスは照れ隠しだろうと推測される高笑いを挙げた。


「我が婚約者プリムラに比べれば、俺なんかとてもとてもだぞ。なにせ婚約を三回破棄……」


 飛び出てきたお馴染みの言葉は最後まで言い切れない。


 なぜならハリアと周囲にいる魚人に、デボラまでもが一斉だった。

 片膝をついて、頭を垂れる。

 敬意と恭順を表してくる。

 体勢だけではなく言葉によって明確にしてきた。


「つい先ほど父から引き継ぎ首長となりましたハリアから、闘神と名高きユリウス・ラスボーン様へお伝えしたき儀があります」


 おいおい、とユリウスが慌てている。


 プリムラを初めとする他の同行者は居住まいを正していた。


「ムートに住まう我ら魚人の全てがユリウス様に感謝を致しております。尊敬の念を抱けば、麾下へつくことに異存はございません」


 微笑を口許に閃かせたイザークが仲間内を見渡す。

 誰もが微笑み満足な表情をしていた。


 プリムラ暗殺の首謀者を炙り出し、かつ魚人族が他の亜人種族と手を結ぶ橋渡しの役目する。非常に困難な問題だったが、解決及び足掛かりの第一歩を得た。これ以上の結果はない。


 なのにユリウスときたらである。

 ダメだダメだダメだー、と叫びだしていた。


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