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59.漢、流れに乗る(三角関係だった?)

 ユリウスら七人とキバ一族の騎兵団の双方だけではない。


 吼えさせた当事者にとっても予想外だった。


 加勢のため登場した人物は灰色の瞳をしたエルフだ。

 亜麻色の髪をなびかせグレイが虎を駆る。

 乗せる大虎のアムールも主の高揚ぶりが伝わったか。走りながら、大喝にも似た激しい咆哮を響かせる。


 馬のいななきが一斉に起こった。走る足を止めただけではない、何やら悶えるように馬身を震わせる。

 まるで大虎の声に呼応したかのようだ。途端に動きを鈍らせるさまは、人が立ちすくむ姿を想起させた。

 キバ兵は騎乗するだけで精一杯だ。馬をなだめ、必死に言うことを聞かそうとしている。


 ユリウス! とイザークが叫ぶ。


「おぅ、わかっている。馬が怯えて動きを止めたぞ、絶好の機会だ。一気にいくぞ!」


 大虎アムールの咆哮は一帯を支配している。


 グレイ! とイザークの呼びかけが届いたかどうかはわからない。

 けれども目が合えば灰色の瞳が、わかっているよ、と語りかけてくるようだ。


 大虎は参戦よりもっぱら咆哮に集中した。


 動きを止めたキバの馬が大剣に薙ぎ払われていく。いくら防具を身に付けていても、ユリウスの剛腕にはひとたまりもない。

 アルフォンスの殴打すべく振るう盾が当たるようになった。騎乗するキバ兵は馬ごと吹っ飛ばされていく。

 動きが弱まればベルの五本同時に放つ矢は悉く甲冑の隙間を突く。刺されば致命傷までいかなくても戦闘不能へ陥っていく。

 軽やかに飛んだヨシツネが馬上のキバ兵へ向かう。横から別の騎兵が飛んでこなければ、心置きなく刀身を振り下ろす。

 サイゾウとハットリにしても援護のないキバ兵など敵ではない。甲冑姿の背に組み付いても横槍が入らなければ、首をかっ斬っていく。


 ユリウスたちはいつもの圧倒的な強さを発揮しだしていた。


 ただイザークだけが慌てふためく。

 敵のキバ兵に押されていたわけではない。一瞬とする間に長槍の突きは複数を倒していく。甲冑を貫けずとも衝撃で落馬する者は続出させている。

 ユリウスに次ぐ戦果を挙げていた。


 敵なしのイザークだったが、ある光景を目の端に捉えた。


 もっと吼えるよう、グレイは騎乗する大虎をけしかけている。

 その背後へ迫る影があった。

 あるキバ兵が馬にまたがったまま剣を振りかざしている。


 グレイ、とイザークは目前の敵を槍の一振りで葬り、焦るまま駆け出す。


 名前を呼ばれた相手は背後の気配に気づいたようだ。

 グレイは振り返る。

 と、同時にキバ兵の剣が振り下ろされた。


 小柄なグレイへ縦軸をもって刃の一閃が走る。


 グレイ! とイザークは叫んだ。

 おおおぉおおっ! 次の瞬間、ユリウスに劣らぬ唸りを迸らせた。



  ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※



 コトコト鳴らして進む馬車内のプリムラは不機嫌だった。唇を尖らして、いーい! と強い調子で、ぼろぼろの侍女へ迫る。


「ツバキはわたくしの侍女だからね。わかってる?」

「もちろんですわ、姫様。そんなわかりきったことを言われましても、私こそ困りますわ」


 沈着冷静この上ない普段通りのツバキである。

 だけどプリムラに安心をもたらさない。


「そんなこと言っているけど、このままシルフィー様の下へ行ったりしそうじゃない」


 対面の侍女へ向ける目つきはいつになく厳しい。

 なぜならツバキはずっとシルフィーに抱きつかれているからである。


「いやですよ、プリムラ様。そんな心配をしているのですか」


 ここでようやくシルフィーがツバキから身体を離す。ちょっと意地悪そうに目を光らてくる。


「だって、シルフィー様を見ているとツバキを連れていきたがっているみたいに見えます。わたくしを抜きにした二人は仲いいみたいだし」


 えっ、とツバキは珍しく心底からの驚きを見せる。


「姫様こそ、私など不要とするくらいシルフィー様と仲がよろしいではありませんか」


 待って待って、と今度はシルフィーが慌てている。


「プリムラ様とツバキ様の絆には、友達になったと言ってもやっぱり私は蚊帳の外なんだなぁ、と感じてますけど」 

 

 そうなの? とプリムラが、そうなんですか? とツバキもまた不意を突かれたような返事をしていた。


「そうですよ。私、新参者なんですよ。ずっと一緒の二人に引け目を感じてます。察してください」


 シルフィーが、少々怒ってます、とした言い方だった。もちろん負の感情から生まれた口調ではない。


 だから三人は顔を見合わせれば、馬車内へ響かせる。

 心から可笑しいとする笑いを。


 いつも変わらないツバキの表情が今だけは柔らかい。

 ただ途中で少し目許が厳しくなり「あの男の言う通り……しゃくですわ」と口の中で呟いていた。


「プリムラ、いいかい?」


 紫の騎兵服で身を包む青年が声をかけてきた。

 現在プリムラたちは簡単な屋根が付くだけの馬車に乗っている。四本の柱に支えられた日除け程度にしか役に立たない布を広げた格好であれば、壁がない。元が武器や武具を積載する役目だっただけに簡易な構造となっていた。

 横に馬を付ければ対面と会話は容易であった。


「なにかしら、カナン」


 警戒心も露わにプリムラは答える。


 グネルス皇国皇王は、ニタリ笑う。身分は国の最高位であり、たいていの女性を一目で惹きつける美形は下品を刻んでいる。


「プリムラ、約束は守ってくれるね」


 少しの間が開いてからだ。


「ええ、わかってます。カナンの気持ち、ちゃんと受け取ります」


 ならいい、とカナン皇王は上機嫌で離れていった。


「なんですの、あれ。男として、いいえ、人として恥ずかしくないのかしら」


 シルフィーがカチンッときた勢いでしゃべってくる。ベンガルをけしかようかしら、と不穏な内容も続けては馬車の後方へ視線を向ける。名前を出された大虎が後を追い走ってきている。


「何より優先すべきはユリウスさまの御身です。わたくしではありません。それにあれでも彼、カナンのおかげでここまで来られました」


 先ほどプリムラは謎の暗殺団による襲撃で窮地に陥っていた。

 ツバキに元帝国騎兵だったという二人の暗殺者が味方としているものの、敵は多い。すっかり取り囲まれていた。

 そこへ大虎が突入してきた。暗殺団から「怪物だ」と呼ばれるに相応な凄まじい暴れっぷりを示す。牙や爪で抉られる無惨な死に様が謎の暗殺者たちの腰を引かす。


 戦況の優劣はあっさり引っくり返った。

 当初プリムラはグレイかと思ったが、意外にも騎乗する者の髪は金色だ。しかも大虎の首にしがみついて、きゃーきゃー叫んでいる。振り落とされないだけで精一杯とするエルフはシルフィーだと認めるまで時間はかからない。


 しかも多くの足音まで聞こえてきた。

 向かい先だったと鮮やかな紫色の集団が来ている。グネルス皇国の騎兵団が近づいてくる。


 さすがに謎の暗殺団は撤退せざる得ない。


 こうしてプリムラは目的の相手と合流が叶った。

 けれどもシルフィーが嫌悪を催す要求をカナン皇王がしてきた。グネルス騎士団を率いる最高指揮官の交換条件に、今のプリムラに拒否はない。


 ただ婚約者の無事だけ、ただそれだけだ。

 そんな祈るような気持ちで、ようやくユリウスが視界へ入るところまできた。


 敵の総大将と推察させられる威風堂々とした甲冑姿が駆け出している。

 まさしく一対一とした対峙のなか、両者の間は詰まっていく。

 迎え撃つユリウスが大剣を腰の下へ落とす構えを取っていた。


 遠目でも決戦だとわかった。


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