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58.漢、感謝する(でも忘れている)

 ユリウスたちは人質を盾に降伏を迫られた。

 味方内でお手上げの状態を確認し合うしかないように思われた。


 ところが意外なところから助けが入った。


「ゴダン、何をしている。そんな卑劣な策を弄すなど許した覚えはないぞ」


 キバ兵の中で唯一面頬を上げているガザンが目を怒らせている。戦長(せんちょう)としての地位に加え、太い眉に日焼けした面立ちが質実剛健とする威厳を湛えている。


 ゴダンと呼ばれたキバ兵の表情は兜で覆われて見えない。それでもたじろぐ様子は甲冑越しでも伝わってくる。


「見事な戦いをする相手に人質で脅すなどと……武人として恥ずかしくなるような真似は、今すぐやめろ」

「お言葉ですが、ガザン戦長」


 とがめられたことで逆にゴダンは意見する気概を持てたようだ。 


「我らがここへ来た理由はオーク大陸の制覇ためです。漁業にも役立つ奴隷を確保して補給基盤を強固する。それが肝心の騎兵を失い戦力を削ぐ事態を招いては本末転倒すぎます」


 異大陸の情勢に対し第三者のイザークにすれば、ゴダンの主張はもっともだ。ただもっともすぎると受け入れられ難い。経験から学んでいる。指揮官のくせに真っ先に先陣を切っていく騎兵団の副長をやっている。キバ兵の配下の主張は痛いほど理解できる。

 だからこそ予想もつく。


 ガザンは、やはりとする態度を取ってきた。


「少数でも怯まず勇敢な戦いを挑んでくる敵に人質をもって脅迫するなど、なにごとだ。我らがこれから臨む戦いは勇猛果敢に立ち向かわねば太刀打ちならない難敵ばかりだ。ここで臆病風に吹かれているようでは先の戦が思いやられるではないか」


 ですが、とゴダンはなお反駁を試みる。  

 完全に上役の説得に気を取られていた。

 魚人を取り囲むキバ兵も同様だ。味方のやり取りに注意を向けている。


 生まれた間隙を突いた。


 魚人を囲むキバ兵の背後が取られた。

 次々に現れた黒づくめの人影によって。

 甲冑姿で騎乗するキバ兵が馬から転げ落ちていく。


「ユリウス・ラスボーン!」


 闘神の名を呼ぶ黒づくめの人物が覆面を脱ぎ捨てた。

 切れ長な目が特徴的な美青年だ。とても印象に残る顔立ちだった。 


 おぅー、とユリウスは応える。説明はいらない。呼ばれたからには向かうだけだ。

 敵兵の不意を突けたし、何より服従しかなかった状況から解放されて勢いづいた。


 七人はキバ兵の陣を押し退け、一気に囚われていた魚人の下へ辿り着く。


「すまない、助かったぞ」


 あまりに素直なユリウスの感謝に、黒づくめの美青年の口許は微笑が彩る。


「知らない仲ではないからな。個人的にも亜人(あじん)は奴隷として構わないとする考えに憤りを感じている」


 助けてくれた理由が納得できる一方で、少々照れ隠しもありそうだ。

 駆けつけた誰もが感じるなか、肝心のユリウスだけはきょとんとしていた。


 どうした? とイザークが尋ねたらである。


「い、いや、実はだな……、あ、そうだ、そうだとも。助けてくれて助かったぞ、バザール」


 あれあれ、と周囲にある者は肩をすくめたくなる。

 どうやらユリウスはど忘れしている。黒づくめの格好に際立つ美貌で目立つ青年をすっかり忘れている。


「私はルゥナーだ、ユリウス・ラスボーン」


 苦虫を噛み潰す顔で当人が間違いを正す。


 どんっとユリウスが大剣を持っていない左の拳で胸を叩く。


「わかっている、わかっているぞ。つい白い犬の姿ではなかったから、勘違いしただけだ」

「犬ではなく狼であるし、人の姿である際は『ノーズ』と名乗っている。いったいどこからバザールなどと言う名が出てきた」


 人間態のルゥナーはしかめ面をさらに濃くする。


 一瞬の間を置いた後に、はっはっは! とユリウスは笑う。意図して大きめに発しているような気がする。


「まぁ、なんだ。バザ……ではなくノーズよ。いやルゥナーと呼ぶべきだな。助かったぞ。あとついでに魚人たちを逃してくれると有り難いぞ」


 ルゥナーの表情が解けることはなかったが、「当然だ」と返してきた。

 暗殺団の面々が魚人の拘束を解いていく。逃亡のための誘導も担ってくれる。


 ならば、とユリウスを初めにする七人は敵兵へ向き直った。


 キバ兵の一群が馬を駆ってくる。

 馬が立てる地響きは高く、騎乗のキバ兵は長剣を掲げている。

 人質の命で降伏を迫る選択肢が消えたことで却って戦意が高まったようだ。

 猛然と迫ってくるキバ一族の騎兵団はこれまでになく手強いだろう。


 迎撃側も今までにない緊張が走っていた。

 どこまで踏ん張り切れるか、少なくとも魚人たちが逃げ切るまで退けない。


「せめて馬をなんとか出来れば……」


 長槍の戦士で智将の側面も持つイザークが戦況の突破口を口にする。


「ユリウス団長以外は、まず狙いはそこかな」


 そう答えながらベルは弓を引き絞る。五本の矢は馬へ向けられる。

 騎兵同士の戦いならば、これまでと同様にユリウスらが圧倒できる。

 動きさえ止めれば、勝機は手繰り寄せられる。 


 キバ兵の巧みな乗馬、それだけが厄介だった。


 くるぞ、とユリウスが警戒を呼びかける。

 従う六人は、ぐっと力を込めた。


 突如であった。

 咆哮が辺り一帯を覆う。

 別の場所では怪物と言わしめた怖ろしげな獣の叫びだった。

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