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56.漢、未知の敵と相対す5(一蓮托生でしょう、今さらなにを)

 戦わずに引き揚げよう、と敵将ガザンは言う。

 それにユリウスは高笑いで応えた。


 まさに笑い飛ばしていた。


 ガザンよ、と冗談がすぎるとして始めた。


「おまえの条件が何かくらい、俺でもわかるぞ。だから先に言ってやろう、断る!」


 するとガザンはやれやれと首を横に振る。


「我らがここまで譲歩するのは、ユリウスを思ってだとわからないか。婚約者がいるのだろう。添い遂げたいのであろう。ならば、おかしなものに命を賭けるなと言っているのだ」

「おかしな者とするのか、ガザンよ」

「ああ、水の中にいつまでも滞在可能など魚ではないか。少なくともヒトではない」


 ちらりユリウスは後ろへ目をやる。

 未成年で構成された魚人(ぎょじん)たちに、ヨシツネがうなずいて見せている。


 ふぅー、とユリウスは大きく一息を吐いた。


「ガザンよ。おまえが根っからの悪人だったならば、どれだけ良かったかと思うぞ。俺を気遣ってくれた気持ち、有り難く受け取ろう」

「おお、わかってくれか、ユリウス、ならば……」

「だがな、俺からすれば水の中にいくらいられようが、空を飛ぼうが、姿が違うが、なんだと言うのだ。同じヒトだ、一方的な隷属など有り得ないぞ。それが答えだ」


 ふっ、と今度はガザンが息を吐く。ただユリウスと違い覚悟ではなく慨嘆だった。


「残念だな。どうやら我らはユリウスとその配下を殺し尽くさねばならないようだ」

「俺も本気でいくとしよう。魚人の誰一人、連れて行かせたりはしない」

「一人と言うか、人間もどきの魚を」

「甘いな、ガザンよ。その特徴のおかげで魚人たちは助かるんだぞ」


 ユリウスの言葉が終わらないうちだった。


 どぼん、と海面から立てば、後はもう次々だ。

 水へ飛び込む音が響いてくる。

 ヨシツネの合図により魚人たちは海中へ消えていく。


 はっはっは! とユリウスの高笑いが青空へ吸い込まれていく。


「ガザンよ、おまえもわかっていた。海へ入られたお終いだと。だから縄で大勢を結いたのだろう」


 船へ乗せられようとしていた魚人たちは一本の縄に数珠繋ぎされていた。海へ逃れられても直ちに引き揚げられる形態が取られていた。

 

 ユリウスたちはガザンらキバの対策を切り裂いていた。しかもそれだけではない。


「俺たちはここで迎え撃とう。ここならば数の劣勢などさほどのものでなくなるからな」


 大剣を突き出すユリウスが立つ場所は埠頭の奥である。攻めるにしても五人は並べない横幅しかない。況してや馬に乗ってならば、さらに数が限られる。狭さゆえに機動性も封じられる。


 地の利はユリウスたちにあった。


 なにやらガザンが達観した表情を向けてくる。

 相対す者からすれば悪い予感しかしない。

 ユリウスが眉根を寄せれば、的中とするガザンの声が挙がった。


「我らキバ一族は大望のために、海を渡ってきた目的を果たさなければならない。武人の意から少々外れようともだ」


 なに? とユリウスは顔は険しくなる。


 港に集うキバ一族の騎兵が一角を開く。

 代わりに出てきた者は魚人たちだった。

 手首を縛られた老人や女子供たちが縄に連なっている。

 人質は他にもまだたくさんいた。


 ガザンは表に出した魚人には目もくれない。視線は常に埠頭の先へある。


「ユリウスは魚もどき者どもの命が惜しいようだ。助けたければ、そこを退くことだ」

「俺たちが退いたら、魚人たちを連れていくのだろう」

「だが命は助かる」

「断ると言ったら」

「見せしめを行う。何かは具体的に述べずとも、察しがつこう」


 一人づつ殺していくつもりだ。しかもユリウスたちを揺さぶる目的であれば、あっさりはない。苦しみ抜いた挙句の死を与えるはずだ。


 ユリウス、と槍を構えたイザークが呼ぶ。返事も待たず続きを言う。


「行こう、助けに」


 即答はしない、と言うよりユリウスは出来ない。

 イザークの提案は敵の渦中へ飛び込んでいくことを意味する。

 これは火中の栗を拾いに行くに等しい。火傷ですめばいいが、焼き尽くされる可能性だってある話しだ。一度は断然有利とする戦況を得ただけに、無謀とする冷静な判断が頭を巡る。騎兵団の指揮官として長く務めてきた経験が簡単に決断を下させない。


 団長ぉー、とヨシツネがのんびり呼ぶ。


「やっこさん、ガザンでしたっけ。武人のこだわりがあるみたいですから、人質を盾に武器を下ろせまでは言わなそうですよ」

「そうそう。きっと堂々と戦って、なんて思ってそうだ」


 ベルもまた有り難いとしている口ぶりだ。


 行くしかないのぉ、とアルフォンスが珍しく始める。


「ユリウスの下で人生を終えられるならば文句ないのぉ。吾輩(わがはい)だけでなくここにいる者たちは、そういう連中だのぉ」


 そうそう、とハットリが覚悟を伝えてくる。

 今さら、とサイゾウが素っ気なくも言葉にしている。


 ふっとユリウスの口許を緩めた。とても腑に落ちた顔つきを見せた。


「俺についてくるようなヤツはまともなはずがないのを、ようやく悟ったぞ」


 やっとわかったのか、とイザークは真面目な調子で返している。 

 そうきますか、とヨシツネは内容と裏腹に口調はとても朗らかだ。

 ええっ? とベルは承伏しかねる様子だ。

 遅いよぉ、とハットリはイザーク寄りの反応をしている。

 サイゾウは普段通り特段なにも示さない。

 ふぉっほっほ、とアルフォンスは笑っている。


 複数の反応をユリウスは嬉しそうに受け止めれば、清々しい表情で号令をかける。


「行くぞ」


 周囲にいる者にとって、待ち望んでいた一言であった。


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