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55.漢、未知の敵と相対す4(ここでも婚約者の話しになる)

 ユリウスは我慢ならないようだ。


 ユリウス団長ぉ、とベルが落ち着くよう声がけをしたくらいだ。これで多少は冷静さを取り戻せたか。怒りを描いた目つきで、妻が腐るほどいるガザンへ問い質す。


「ガザンよ。おまえの国では一夫多妻制なのか、それとも戦長(せんちょう)とは多くの妻を娶らねばならない立場にあるのか」

「おい、ユリウス。武人たる者、そんなことにこだわってどうする。考えるべきはいくさだ、戦場における己の姿だ。女など所詮、子供を作るためのものでしかない」


 なんということだ、とユリウスは天を仰ぐ。顔を前へ戻せば、諦めきれないのか。なお自論を混ぜた確認へ向かう。


「子供をたくさんとする事情は察してやろう。だがな、だがだぞ、ガザンよ。おまえの妻はそれでいいのか。嫉妬したりされたりしないのか。教えろっ」

「ユリウスに釣られて妻などと表したが、我が一族の繁栄のための単なるつがいにすぎん。いちいちどう思っているかなど構ってられん。いつ戦場で果てるか知れぬ我が身であれば、少しでも多く子を残すよう努めるだけだ」


 さも当然とするガザンの口調だった。

 ユリウスは呆れ果てているとばかりに返す。

 

「ガザンよ。おまえは妻となってくれる女性がどれだけ有難いものか、わかっていない。ああ、そうだな、婚約をしたことがないから破棄もない。婚約者が他の男を連れてきて、こっちがいいと言われた時の遣る瀬なさなど知るはずもないか」


 ねぇ、とハットリが横を向く。

 声と視線を受けたベルがささやき返す。ああなったらもう何も耳に入らないよ、と。

 その正しさを証明するかのようにユリウスは拳を握った左腕を突き出し、熱く訴える。


「いいか、ガザンよ。男女が一緒になるとは、子孫を残す目的に基づいている。そこは否定しない。だがな、大事とすべき部分はお互いを慈しみ合う心だ。愛こそなんだよ」


 恥ずかしげもなく言いますねー、とヨシツネは口を閉じていられなかいようだ。

 大したものだのぉ、とアルフォンスなどは良いか悪いかは別にして感心している。


 届けたい相手のガザンはバカバカしいとしている。


「ユリウスも武人なら女にかまけるな。女へ入れ込んだばかりに身を滅ぼした男の例くらい、そちらにも多々あろう」

「そうならないよう話しを聞かせろと言っているのに、下半身が緩いだけの恋敵(こいがたき)カナンより劣る妻帯者ではないか。ちっとも役に立たないではないぞ」


 逆ギレ、とサイゾウですら一言をもらさずにいられない。


 イザークだけが内心で面白がっているだけではない。いい時間稼ぎをしている、と褒めている。プリムラが依頼に走る、えらい言われようされているカナン皇王による援兵の期待が高まる。

 だが残念ながら話しのやり取りは終焉へ向かっていく。


「ユリウスはそんなに女が大事なのか」


 期待外れをガザンが滲ませている。

 気にしないユリウスは胸を張って高らかに述べた。


「もちろんだ。俺にとって婚約者とは常にただ一人きりだ。複数にしたら破棄されるだけだぞ」


 声は堂々としたものだが、とても弱気とする内容で結んでいた。


 しかもハットリが、あれ? と不思議そうに挙げる。


「ユリウスの婚約者って、姫様だけじゃなかったよね?」


 名前を出された(おとこ)は、ピクッとなった。どうやら今回は聞き止めたらしい。


「そういやー、他に三人いたよなー」


 そうそうといった感じでヨシツネも話しに乗ってくる。


 ユリウスはエルフとドワーフに翼人といった各種族から婚約者を得ている。

 現在、婚約者は四人いる。一人だけは嘘である。


 すぅっとユリウスは息を吸い込んだ。膨らんだ胸から大きな声として吐き出す。


「俺の心はただ一人にある。もし複数に渡るとしたら、複雑な事情のせいだ。自らの意志に拠るところではない。誠意が通じなかっただけだぞ」


 ユリウスの傍にある者からすればである。

 誰に向かって言っているのやら。少なくともガザンとか言う敵将の線は薄い。

 おかげすっかり見切られてしまった。


「残念だ、ユリウス。武人としていくら優れていても女にこだわりすぎる輩は我らの騎兵に加えられん」

「ああ、どうやら俺とガザンでは行く道が異なるようだ」


 そう答えながらユリウスは背中の大剣を抜く。

 刃というより鉄塊の向きがある刀身は、陽光に黒き輝きを放つ。

 ただの剣ではない。

 戦いに明け暮れる身であれば、凄さは一見で理解する。

 敵であってもユリウスの大剣に恐ろしさよりも見事とする感嘆がもれた。


「それだけのものを扱うとは、やはりユリウスは大した武人なのだな。実に惜しい」


 キバ一族の戦長は未練がましさを隠さない。

 ユリウスは大剣を突き出し、いつでも戦うとする体勢を取る。


「俺たちの強さについて推察はつくようだな。ならば戦いとなったらそう簡単にはすまないくらい、わかっているのだろう」

「わかっている。だからそっちもわかっているかと逆に問おう。キバの騎兵は馬上にあれば、地面に立って戦う場合とは段違いの強さを発揮する。しかもユリウスらがどれほどであっても、たかが七人。勝敗は見えている」

「確かにガザンよ。おまえの言う通り、俺たちはこの人数だ。だがここまでこいつらとだけでやってきた。敵の数で退くなどしないぞ」


 ユリウスの一片の曇りもない信頼が波止場に響く。

 応えて、周囲は各々手にした武器を構える。今までと違い苦戦が予想されてもこれまで通りの闘志を漲らせる。

 ユリウスを軸に心を一つにした七人がいた。


「素晴らしいな。ユリウスは付き従う者と単なる配下としない絆を築いているのか」


 ガザンは相手が敵であっても賞賛を惜しまない。武人と誇るだけあって、志には感銘を受けずにいられない。手強さを再確認すれば、やはり諦めきれないとする提案をしてくる。


「ここで殺すなど忍びない。次は百年後であれば、互いに会うことは叶わないだろう。それを承知でユリウスがこちらの大陸で勇躍する噂を、我が子孫に聞き行くよう求めたくなる」

「嬉しくなるような有り難い話しだ。俺としても子供たちに語り継ぐというくだりに浪漫を感じるぞ」

「条件さえ飲んでくれれば、ユリウスたちと戦わず我らは引き揚げるが、どうだ」


 友好的なガザンの提案に対してである。


 はっはっは! とユリウスは高笑いを挙げた。

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