54.漢、未知の敵と相対す3(個人的には衝撃の告白)
あまりに突拍子もない申し出であった。
これについて騎兵の戦長ガザンが意外とも言える丁寧な態度をもって説明してくる。
海の向こうにあるオーク大陸もまた群雄割拠の戦国時代としているそうだ。
キバ一族は他に比べ少数なれど類いまれな戦闘力で徐々に伸長を果たしているらしい。
「我らは戦えば勝つ。だが領土が広がるにつれて兵や、それを維持していくための数が足らん」
「つまり他へ侵攻したくても人数が足らなくて頭打ちというわけか」
ほほぉーとユリウスは興味津々の様子である。
だからだろう、ガザンはここぞとばかり力を込める。
「わかるぞ、ユリウスが只者でないくらい。海流の関係で時間がない。いきなり信用しろなど無理を承知で敢えて言わせてもらおう。共に夢を見ないか、オーク大陸を制覇する夢を」
「それで征服した後は、どうする?」
「次はユリウスのメギスティア大陸を掌握しよう。我らは協力する、いやさせてくれ。安寧はいらぬ、戦いのなかで生を終えることこそが、キバの騎兵とする我らの望みだ」
「ずっと戦いに明け暮れていたいというのか」
「ユリウスを見た瞬間から我らと同じく戦のなかに生を見出す者だと感じた。気質を同じくする相手に思えてならない」
熱烈とすべき勧誘に、傍にある四天の四人とニンジャ二人は途惑いを隠せない。
いきなりすぎて信用は難しい。本気より口先と疑って然るべきだ。
けれどもユリウスという漢は男に惚れられやすい。細かいことにこだわらない豪放磊落な性格と変に色男でないゆえに距離を感じさせない。へばった時こそいて欲しいタイプで、一緒にいれば何か起きそうな期待まで抱かせる。
四天の四人とニンジャの二人は自分と照らし合われば敵将の共感は理解できる。
「ユリウスだけではない、共にある者たちも強者であるくらい一見で察しよう。信用しろなど土台無理は承知しているが、このガザンが我が命を賭けて責任を持つ。敬意ある処遇を約束する。我らと肩を並べて戦場を駆け抜けようではないか」
敵将の説得は確かに信用したくなる熱があった。
わずかといえ、四天とニンジャの心を揺さぶる。決して悪い話しではない。
肝心のユリウスといえば、ふむふむとうなずいている。聞いてはいるが迷っている感じはない。その証拠に、すんなり返答をする。
「ガザンよ、おまえの気持ちを疑いなどしない。安心しろ、嘘などと思わないぞ」
「そうか、伝わってくれて嬉しく思う」
「でもだからだ。俺はおまえたちキバの一族と共にあろうと思わない」
どういうことだ、とガザンの目つきが変貌している。熱意から危険とする光りを放つ。答え次第では即座に襲ってきそうな気配を漂わす。
ユリウスのほうは悠然と問う。
「ガザンよ、おまえは婚約したことがあるか」
訊かれたほうは意表を突かれること、この上ない。
「……いや、婚約などした試しはない」
「そうか、そうだろう。やっぱりそうだと俺は思ったぞ」
ユリウスの何もかもお見通しだとする態度である。
旧知の間柄にある者からすれば、始まったと思う。
ガザンは共鳴を感じると言っても、所詮は初対面である。真面目に受け取るからこそ、やや苛立って尋ねる。
「何がわかったのだ。婚約を経験していないだけで、何の答えを出している」
「婚約は人間性を育ててくれるものだ。同じ時間をすごすだけ、俺はいろいろ学んだ。女性ならばの見方を知って、多くの気づきまで与えてくれたぞ」
「それならば、結婚でいいの話しではないか」
なにっ、とユリウスが固まった。
図星を刺されたと周囲にいる者たちは推し量る。正しかったとする反応も挙がってくる。
「ななななんだと、ガザンよ。おまえ、婚約もしないで結婚したというのか」
「別段、珍しいことではないだろう。むしろ婚約などしないで結婚するほうが多いのではないか」
一瞬の静寂が流れた後だ。
はっはっは! とユリウスは高笑いする。
「そうだ、その通りだ、ガザンよ。さすが愛する妻を持つだけある。よく気づいていたではないか」
ユリウスぅ〜、と背後で呼ぶ声がする。
「なんだ、ハットリ。俺は今、結婚したらさらに成長できる事実を前に感動中なんだぞ」
「あのオジさん。本当に結婚しているの?」
無邪気な調子で、すっかり抜けている確認事項について指摘してくる。
いちおうユリウスは慌てない。当然だとする態度をもって当人へ尋ねる。
「おい、ガザンよ。おまえ、結婚しているんだよな。妻がいるからこその、これまでの意見だよな。俺は信じているぞ」
莫迦らしいと投げ出さてもおかしくなかったが、やたら切迫感に満ちたユリウスに絆されたようだ。援護射撃をするようにガザンは堂々と答えた。
「そうだ、ユリウスの言う通りだ。妻は腐るほどいる」
またもユリウスは硬直を見せた。
ただし今回は自ら意思を爆発させる。
許さん! と全身を震わせて叫んでいた。