53.漢、未知の敵と相対す2(敵の大将は何を考えてます?)
特徴は乗る馬にも武装を施している点だ。甲冑をまとう騎乗の兵に倣うかのように銀色で包んでいる。馬用とする甲冑が頭から脚まで覆っている。
乗り物までご大層なもんだ、とヨシツネは口にしながら魚人たちを引き退らせた。
キバ一族の騎兵は集結しつつあった。
群れなせば、甲冑の照り返しが目立つ。
ぎらぎら、陽を反射させていれば迫力がいっそう増す。手強い略奪者として印象づけてくる。
つと一人が乗馬したまま前へ出てきた。
他の騎兵より一段と体格がいい。乗る馬もまた大振りだ。
陸から波止場にかかる地点で停まった。
馬上にて、鎧の面頬を上げてくる。
日焼けした顔は太い眉に鋭い眼光を宿す。ひとかどの武人と見受けられる。
「おまえたちは何者だ」
低い声ながらよく通る。先頭に立って鼓舞してきた実績を物語っているようだ。
はっはっは! とユリウスが高笑いで応えた。
横ではイザークが槍を、アルフォンスが盾を構える。背後ではヨシツネとベルが魚人たちへ何かをささやき、サイゾウとハットリはユリウスの真後ろに付いた。
「何が可笑しいのだ」
敵の当然とする反応に、ユリウスはより胸を張った。
「お前が住む国では、自分を名乗らず相手の名を聞くのか。不作法なのだなぁ、と俺は笑わずにいられないぞ」
普段いつも不作法を鳴らしている漢が指摘する。己を棚に上げるにも程がある。
だが事情を知らない初対面の敵将である。納得すれば、朗々と名を響かせた。
「我が名は、ガザン。キバ一族の戦長をしている。これでおまえも答える気になったか」
「ああ、いいだろう。俺はユリウス。婚約破棄を三回された男だ!」
おい、と敵ではなく味方のイザークが真っ先に反応した。
「なんで婚約破棄の話しが出てくる。騎士団長でいいだろう」
「なにを言う。素浪人な俺が身分があるような言い方などできるか。相手は初対面だぞ、嘘はいかん」
「あのな、ユリウス。これは誤解を生むぞ」
直後にユリウスはイザークの正しさを思い知る。
「こちらの大陸では、そう呼ぶのか。婚約破棄を三回されたユリウスと呼べば間違いないのだな」
敵将ガザンが大真面目に返すゆえだ。
ぷっとアルフォンスにヨシツネが噴き出す。あらら、とベルは苦笑いしている。おもしろいね、とハットリは誰を対象しているのか問題な感想をもらしている。サイゾウは無反応を決め込んでいた。
イザークは細かく震えていた。笑いを堪えるのに必死らしい。
肝心のユリウスは顔中に血を集めていた。
「ば、ばかやろう。そんな呼び方、まちがい……じゃないが、ともかくヤメろ、止めるんだ。名だけでいいだろ。こっちはガザンで、そっちはユリウスだ。そうしろっ」
不遜な言い方ではあったが、調子に泣きが入っていたおかげだろう。悲哀が際立っていた。
「わかった、いいだろう。そう呼び合うことにしようではないか」
やや不審を目許に刻みつつも敵将ガザンが快諾してくる。
ほっとユリウスは心底から安堵の息を吐いている。
「それでは聞こう、ユリウスでいいのだな」
敵将ガザンが慎重に名を呼ぶ。経緯を顧みれば仕方がない。
おお、なんだ、とユリウスが打って変わって快活に返事した。
「そこの者たち、見張りに置いた我らの騎兵をやったのは、おまえたちか」
馬上からガザンは剣をもって指す。
同じ銀色の甲冑で固めた騎兵は派手に血を流し波止場で転がっている。
「おお、そうだ。俺たちは魚人たちを助けるためにやってきた」
堂々とユリウスは胸を張った。婚約破棄という自ら掘った墓穴からは這い出られたようだ。
なぜかガザンは怒るではない。不思議そうに眉を寄せる。
「ユリウスと言う者よ」
「ガザンよ。俺はユリウスだ。バカ親父の姓をもらったが、名前は生まれてこの方、これだ。はっきりこの名を口にするがいい」
「ならばユリウスに問おう。おまえは人間で間違いないのか」
「間違いないが、何を言いたい、ガザンよ」
ユリウスの声が急にひそまる。
ガザンは今にも顎に手を当てて考え込みそうな様子を見せた。
「なぜ人間のユリウスが危険を犯してまで助けに来た。そやつら強かっただろう。簡単には倒せなかったはずだ」
「ああ、なかなか手強かった」
実際はユリウスの二振りで一人が倒されている。一振りではなかったため、なかなかだとする話しだ。手強かったとしたのは、四天とニンジャである。暗殺者を相手にしたような圧倒さを発揮できなかった。
そうか、とうなずくガザンに怒りの感情が現れてこない。味方を殺されたにも関わらず、復讐どころか気分が上がっているように見えなくもない。
なぜとする態度の理由が告げられてきた。
「ユリウスはかなりな武人と見受けられる。どうだ我らの仲間にならないか」
名指しされた当人だけではない、周囲にいる四天とニンジャも唖然とした。