51.姫、向かう!5(選択を迫られます)
ムート立国の都で暗殺団ルゥナーに乗っかる形で襲撃してきた連中だ。正体は不明だが、矢や剣を武器として統率の取れた攻撃を繰り出してくる。
同じ声を四方から飛ばすとした大掛かりな仕掛けも施す。
暗殺団ルゥナーとは一線を画す戦い方だった。
まだ名乗らぬ暗殺団の構成員がわらわら姿を現してくる。
格好は黒を基調とした暗殺者のそれだが、どこか馴染んでいない感はある。
暗殺団だと言う、まだ自称にすぎない連中がプリムラたちを取り囲む。
「何者なんだ、おまえたちは」
ローエンがまだ血を拭っていない剣を掲げる。
「貴方たちと同じアサシンですよ。昨晩、共闘を呼びかけた者です」
その声、とミケルが答えた黒の人物を睨みつける。
「イザーク様と一緒にいたエルフの矢にやられたはずじゃなかったのか」
「あの程度の攻撃ではやられませんよ。少々傷は負いましたけどね。ところでどうです?」
「なにが」
「我々と手を組まないかとする申し出を、こちらは取り下げていませんよ」
ああ、とプリムラの口から絶望がもれてしまう。
ミケルとローエンの二人は助かるためならば受諾するほかない。
自分は助けへ求めに行けないどころか、ユリウスの見えない場所で殺害されようとしている。
悔しいし、情けない。
でも諦めない! プリムラは闘志を炊きつけた。
と、同時に横で力強く挙がった。
「断る! 僕は最後まで王女様を守るために戦う」
答えながらミケルは肩に刺さった矢を自らの手で抜く。致命傷を避けたが苦鳴は抑えられない。しかし膝を折らなかった。
自分もだ、とローエンが肩を赤く染めたミケルの前へ立つ。
「仲間だった者まで斬って守った王女様だ。ここまできて投げ出す気はない」
ローエン……、とミケルは感激で震えている。
プリムラもまた感動を覚えていた。
また一方で自分が恥ずかしい。
端から二人が保身へ走ると決めつけていた。元帝国騎兵だったとしても、所詮は暗殺者とする目で見ていたに違いない。
謝罪をしたい。
だが現在ではない。
状況は切迫している。
しかも敵が意外なことを言い出した。
「いいだろう。王女の生命は取らずともいい」
えっ? とプリムラが挙げるくらいだ。ミケルとローエンも驚きを隠せない。
続いた敵の内容で腑に落ちた。だがそれは命を取られるより以上の難題だった。
「代わりにグネルスの助力を諦め、ここへ留まってもらおう。我々の目的はユリウス、その命だからな」
そんなこと! と、プリムラは今度こそ声が出た。
だが謎の暗殺団の声は嘲笑をもって答える。
「ならばハナナ王国第八王女は無理にでも我々の囲いを突破するしかない。成功の確率が低いうえに、間違いなく二人の護衛は死ぬことになるがな」
プリムラは返事に詰まった。
何よりも自分の婚約者が優先なはずなのに、足を動かす気になれない。自分を狙った暗殺団に身を置いていた二人なのに、知り合ったばかりなのに、頼みたい口が廻らない。
「王女様、僕らのことはいい。行ってください」
ミケルの慮りが却って躊躇から抜けられなくする。
「ハナナ王国第八王女は立派ではないか。これだけ高い身分にあれば、下の者など自分のために命を捨てて当然とするものだ。やはり気高さは貴族と比べ物にならないものがある」
敵の声が真面目だからこそ、プリムラには皮肉としか聞こえない。
どうすれば、とプリムラは唇をかむ。
ふと、母の声が甦った。
おまえは王族に相応しくない、王女としての気骨が足りていない。
その指摘は……正しい、そう正しかった。
だからお母さま! とプリムラは胸のうちで叫んだ。
貴女の言う通り、わたくしはここで果てていい。命を失くして構わない。
だからどうかあの人のために、あの人が死なないよう奇跡を起こしてください。
「姫様!」
先ほどまで聞いていた、でもずいぶん懐かしく感じてしまう。
「ツバキ!」
その名を口にするプリムラの心に光りが差していた。
だが目を向ければ愕然としてしまう。
所々破れたメイド服は本来の暗色を失い、派手な赤としている。他人だけでなく自分の血でも染めている。まさにぼろぼろだ。
「おまえ、おまえが、なぜここへ!」
覆面をしているから表情は窺えない。だが声だけで謎の暗殺者が慄いているくらいわかる。
難なく自分らの包囲網を飛び越え、いつの間にか王女の前へ立っている。
加えて確認せずにいられない事項がある。
「おまえには我らの手合いも差し向けたはずだが……」
「殺し尽くしましたわ。いえ違いますわね、一人だけ逃して残念至極ですわ」
まさか、と謎の暗殺者の声は信じられないとしている。だがどこか受け入れた様子をすぐに見せた。昨晩、ツバキの戦闘力を目にしていれば脅威の認識を植え付けられている。
「姫様、これからわたくしが突破口を開きます。どうか急いで援護の要請へ向かってください」
プリムラは即応できない。
どれほどの修羅場を経て追いかけてきてくれたか。わかるだけに、更なる過酷な状況へ捨て置けない。
母から言われたように、この命は守ってもらうほどの価値がない。
「姫様はいつかユリウス様を救うような場面が訪れたら、命を賭けたいと仰っておりましたわ。今が、その時です。さっさと行ってください」
ツバキのそれは叱咤だった。それでも躊躇が消えないプリムラを知ってか知らずか、今度はミケルとローエンの二人へ向かう。
「貴方たちは何をやっているのですか。姫様に言われずとも突破口を開きなさい。平気で下の者を犠牲にできる姫様ではないのですよ。だから自ら動きなさい。誇りを持ちたいとするならば、言われずとも主のために命を張りなさい」
ぐっとローエンは息を詰まらせ、「わかりました」とミケルが神妙な顔をした。
「さぁ行ってください、姫様。ぜひユリウス様を助けていただきたいものですわ」
ツバキの激しかった口調が最後のほうは穏やかになった。口許には笑みさえ閃かせている。
ずるい、とプリムラは言いたかった。
「わかりました。あとはお任せします」
実際は王女らしく毅然と受けた。報いるには、これしかない。
ツバキはプリムラが立場に相応しい態度や行動を選ぶことを喜ぶ。
昔からそうだった。
「そう簡単に行かせるものか。皆の者、いくぞ」
謎の暗殺団の号令がかかる。
ふふっとツバキは笑いを不気味へ変えた。
「アナタたち、本当にアサシンですの。いちいち誰かの口上がなければ動けないなんて、まるで正規兵みたいですわね。もしかして……」
いけっ! と謎の暗殺者が挙げた。
なにやら焦っている感がある。
結局は指示に合わせてとする自称暗殺者の動きも急ぐあまり固い。
思わずツバキが嘲笑しかけるくらい隙が際立っている。
しかも暗殺者の輪の一角は悲鳴を響かせてくる。
突如として起きた叫びには「怪物だ」とする台詞も伴っていた。