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47.姫、向かう!1(侍女も覚悟があります)

 ……姫様、とツバキが呼ぶ。


 ユリウスたちは都マルコの港へ行ってしまった。

 わずかな数で、苦戦は必至へ身を投じていく。

 奴隷にするため連れて行かれようとしている魚人(ぎょじん)の救うために。

 


「ごめんなさい、大丈夫です。わたくしに泣いている暇などありません。わかっています」


 顔を覆っていた両手をプリムラはすぐ外した。すみれ色の瞳は涙で微かに光っていても、決意の閃きが勝っていた。


「では、急ぎますわ。絶対に援兵を率いて戻りましょう」


 今回はツバキもただならぬ雰囲気をまとわせている。

 ええ、とプリムラは二人で連れ立ち馬車へ向かう。


 が、少し進んだところで身を伏せるはめになった。


 姫様っ、とツバキはプリムラに覆い被さって地へ倒れ込む。

 なにが? プリムラは訊くが答えを待つまでもない。


 空気を裂く音は、矢のものである。地面に突き刺さる短く独特の形状には憶えがある。

 暗殺団が使用していた吹き矢だ。


 飛び跳ねるようにツバキは立ち上がった。

 プリムラは身を伏せたままだ。


「誰ですか、アサシンなのはわかってますわ」


 メイド服の侍女の呼びかけに、樹の上から降りてくる。

 さほど音をさせず黒づくめの覆面男が地に立つ。


 表には出さないもののツバキはやや面喰らっている。まさか応じて姿を現すなど予想外だった。


「ハナナ王国第八王女プリムラ・カヴィル。その命、貰い受ける」


 声から、ゼノンで間違いないようだ。


「暗殺団ルゥナーは依然としてムート王の依頼を忠実に守っているというわけですか」


 なぜか黒づくめの暗殺者が笑いだす。

 ふははは、とユリウスがよく立てる朗らかな高笑いとは真逆な病的な響きである。 

 ただし聞いている者はツバキである。たじろぐどころか、より冷たい目つきになる。毒舌は状況に関係なく発揮される。


「あなた、大丈夫ですの。イザーク様が時折見せる気持ち悪さに通じますわ」


 名前を出された当事者がいたら大騒ぎとなっていただろう。

 ゼノンは何を言っているのか、わからない。笑いを引っ込め、何かの企みかと警戒する。深読みしすぎているわけである。


「ここでプリムラ王女を仕留めさせてもらう」


 相手の策には乗らないと短剣を取り出した。

 忍びの者と暗殺者。暗躍に生きる両者は共通点も多い。


 ツバキもまた短剣を取り出す。

 ただ一本だけではなかった。

 もう一本も取り出せば後ろ手で差し出す。プリムラが受け取ったようであれば、顔を正面に据えたままで言う。


「ここは私が引き受けますわ」


 ためらいは一瞬だけだった。


「……うん、わかった。でもツバキ、絶対に無事でいてね」

「それはこちらのセリフですわ。姫様こそ必ずご無事でいてください。必ずユリウス様の下へ駆けつけてください」


 言われた通りプリムラは駆け出す。


 動きを見せたゼノンの前へ、ツバキが飛んだ。

 行く手を阻むとした短剣の繰り出しではない。

 命を取りにいく、首元を目がけての刃を突き立てる。


 間一髪でゼノンは避けた。

 もう幾度か刃を交わしてきたおかげだ。初見だったら逃れられなかっただろう。

 ツバキは攻撃の手を緩めない。

 手裏剣が放たれる。

 こちらも過去の対戦があったからこそ間一髪でかわせた。

 プリムラを追うどころではない。

 なんとか防ぎ切ったところで、ツバキが感心したように言う。


「なかなかやりますわね。ちょっと見直しそうです」

「こっちはアサシンとして、ずっと生きてきた。その自負もある。おまえは強いかもしれないが簡単にはいかせない」

「あら、命令ではなくご自分の意思でやっているかのように聞こえますが」

「ああ、そうだ。アサシンとして王女暗殺を失敗したままでいられるか。なのにルゥナーは……」


 憤りのあまりか。ゼノンは暗殺団の首魁の名を口にした時点で声が続かなくなる。


 ふっとツバキが鼻で笑う。

 好意的ではないのはもちろん、気に障る感じだ。


 なにが可笑しい! とゼノンに怒気をほとばらせた。


「すみません。でも本当にアサシンなのかな、と思ってしまいますわ」

「アサシンを愚弄するか、キサマ!」

「イヤですわ。確かに愚かと思ってますが、アサシンに含みがあるわけではございません。そうではなく貴方自身に対してです」


 より内容が酷くなっていれば、ゼノンは覆面の下で顔を赤く染めていそうな声を発す。


「ふざけるな。俺は物心ついた時から、この世界で生きてきた。キサマのように侍女をやりながらといった半端な者にわかるものか」

「わかりますわ。私だって生まれこの方ずっと忍びでしたもの。十にもならない歳に主の子の身代わりとして死んでこいと言われましたわ」

「それくらい当然だな。こと大袈裟に思うようなら、ずいぶん甘い女だ」


 ゼノンが嘲笑してくる。だがすぐに引っ込めた。


 ふふふ、とツバキがやけに可笑しそうにしている。

 常に死と隣り合わせで生ききた者ならば危険な香りを嗅ぎ取らずいられない。


「私もアナタのようにお役目の真っ当だけとする生き方が出来ていたら、どれだけ楽だったか、考えずにいられませんわ」


 メイド服の侍女は黒づくめの暗殺者に背筋を冷たくさせる表情を向けた。


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