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45.漢、急変に見舞われる2(希望が、悲しませます)

 遠くで煙りが立ち昇っている。

 昨晩に引き続きムートの都マルコはあちこちから火の手を上げている。


「どういうわけですか、これは……」


 ムートの王デボラの息子であり、魚人の青年であるハリアが声を震わせている。


 状況確認のため森を抜け、視界が開けた場所まで来た。

 報告を疑ってはいなかったが、想像以上の惨状を予想させる遠景であった。


 なんということだ、とユリウスは自らの拳を握りしめる。待ってろ、と駆け出しかけた。


「どこへ行くつもりだ、ユリウス」


 引き止めるイザークはこれまでになく厳しい。

 振り返るユリウスもいつになく深刻な面持ちをしている。


「助けに行くんだ、当たり前だろ」

「少し冷静になれ。我々にとって全くの未知の相手だ」

「だからと言って放っておけないぞ、そうだろっ!」


 いつもならなんだかんだ言っても従う面子が押し黙っている。

 ユリウスは苛立ったりはしなかった。代わりに低い声を絞りだしてくる。


「……俺は行く。見捨てるなど出来ない、ああ出来ないぞ」

「婚約者を、プリムラ王女を捨ててか」


 イザークの声は一般の人間なら震え上がりそうだ。


「バ、バカなことを言うな。俺が我が婚約者プリムラから捨てられるならともかく捨てるなど……」


 慌てるユリウスが途中で言葉を切ったのは、渦中の人物が目に入ったからである。

 そっとプリムラは目を伏している。必死に堪えているせいで小さな肩が小刻みに揺れている。 


 ユリウス、とイザークが始めた。


「今回の敵はまずい。龍人(りゅうじん)ほどでなくても、一般の騎兵よりは強靭に違いない。しかも馬まで武器とするくらいだ。強さを敵数そのままで捉えないほうがいい」

「ならば、どうしろと言うんだ、イザーク」

「諦めろ、今回ばかりは」


 凍るような沈黙が流れた。

 静寂はまるで先ほどまでの騒乱を夢のように思わせる。


 けれども現実において事態は切迫している。


 おもむろにユリウスが口を開く。


「俺は帰ってくるつもりだ」

「それだけか」


 イザークの問いは短い。

 ユリウスの返しは単刀直入だ。


「何がだ。はっきり言ってくれ」

「信じて待っていてくれ、と言うだろう。婚約者がいるユリウスならば」


 ユリウスが言葉に詰まっている。滅多にない様子を見せてくる。


 いつにない雰囲気が覆う。

 即決即効を常としてきた一行だけに、停滞がとても重い。


 沈黙を破った者は客人だった。

 おずおずハリアが尋ねてくる。


「我々を……助けてはもらえないでしょうか」


 申し訳ありません、とイザークが直ぐさまだった。 


「現在の我々ではキバ一族に対抗し得ません。ここは周辺諸国と連携し、侵攻を防ぐが最善、いや最低限の策です。ここは被害の拡大を防ぐを第一とすべきです」

「それはわかりますが……」

「恨むなら私にしてください。救出を阻み魚人(ぎょじん)を見捨てた者は、このイザーク・シュミテットです」


 憎まれ役を一身に買う覚悟がいかなる者にも返す言葉を失わせる。


 ほっとプリムラが安堵の息をもらしていた。


「急いでカナン皇王との御目通りを叶えよう。早ければ早いだけ希望は生まれるものだ」


 イザークの提案に従おうとなった、その矢先だった。


 しゅっと音もなくサイゾウが皆の前へ姿を現した。ハットリがユリウスへ知らせにいく一方で、都マルコの様子を確かめに行っていた。

 普段は表情を変えないニンジャが一見で知れるほど苦渋を刻んでいる。

 嫌な予感しかしない。


 どうした? とユリウスが訊く。


「連中、魚人をひっ捕まえ集めている。どうやら奴隷として自分の国へ連れていくつもりみたいだ」


 渡海してきたキバ一族の乱暴狼藉に及ぶ理由が判明した。

 重大な事実が諦念から生まれた安堵を打ち砕いていく。


「その中に子供も、いるか」


 ユリウスが波乱の予感を確実な形とする質問を放つ。

 サイゾウは声なしで大きくうなずく。


「そうか、生きているんだな。生きて……待っているんだな」


 ユリウスが噛み締めるように言い、騒乱の都へ希望を宿した目を向ける。

 プリムラはそっと顔を伏せ唇をきつく結んだ。


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