42.漢、海の向こうを見る2(知り合いの名が出ると嬉しいものです)
メギスティア大陸においては、騎士に率いられた兵士を『騎兵』とする。
ところがオーク大陸における『騎兵』とは馬に乗って戦闘する兵士を指す。
「キバ一族は優れた騎乗による戦いで、オーク大陸の多くの国を支配に収めたと聞き及んでいます」
陽で染まりだした海を背景にハリアが場の一同へ向き直る。
「あくまで聞いた話しなんだな」
ユリウスの確認には申し訳なさそうに首が垂れられた。
事の発端は、漂着した一隻の難破船だった。
海流に呑まれたものの奇跡的に魚人族領内の海岸へ辿りつく。
それが百年と少し前の話しだ。
「幼き自分の印象であれば、記憶の誇張を踏まえ述べさせてもらえれば、同乗していた馬は我が大陸のそれを違い体格もよく、屈強そうに見えました」
「乗っていた人も強そうだったか」
「はい。お世辞抜きでユリウス様ほどではなくても、我が大陸の騎兵より強そうに見えました」
難波船には一人と一頭が乗っていた。キバ一族の族長バザルと愛馬のみしか残っていなかった。百年に一度は訪れる海流の静穏まで魚人族の部族長となっていたデボラが面倒みると相成った。
「その間にデボラとバザールとか言うヤツは仲良くなったわけか」
至って真面目なユリウスに、「バザルだ。なぜ伸ばす」とイザークが訂正を入れている。
ふっとハリアは嘆息を吐く。
「互いが一族の長とする立場だけに友誼は盟友へ昇華されました。野心を抱くに至ったようです」
「魚人族が亜人だけではない、大陸を治めるとするほどにか」
「バザルはオーク大陸へ戻る際に約束したそうです。百年後の渡航可能な時期が訪れたら、子孫が騎兵を引き連れて父の力になる。魚人とキバ一族による新しい世界を築こうだそうです」
「つまりそれがデボラが部族から国家へ変え、王とまで名乗るようになった理由か……良くないな」
ユリウスの目許は険しい。
魚人族が『ムート立国』と名乗りだしたのは、ここ数年の話しである。エルフやドワーフの便宜上していた呼称が定着した例と違い、自ら国家と宣言してきた。当然ながら他国は警戒を強める。部族と違い国家同士となれば、諍いは戦争のレベルに発展しやすい。
現状において魚人族が国家とする利点はないように思えた。
けれども理由が判明した。
同時にデボラの息子が、何に憂慮していたかも見えてくる。
ハリアよ、とユリウスが始める。
「キバの一族が来る約束に間違いないのか」
「いえ、不確かだと自分は考えます。なにせ約束した本人ではなく子孫へ託すような話しです。果たせされなかったとしても不思議ではありません。だから龍人族に協力……ではありませんね。ムートの兵として就くよう求めたのでしょう」
「だが断られたか」
「危機に際してなら手助けもしようが、戦いを前提とする好戦的な一族の盾にされるなどドラゴ部族の誇りが許さない、と戦闘頭が自ら赴いてきて伝えてきました」
ハリアは言った直後に驚くこととなる。
はっはっは! といきなり笑いだされたからである。
どうかなされましたか? と尋ねずにいられない。
「さすがだ、アーゼクスよ。後先考えず言いに出て来たに違いない」
やたらご機嫌なユリウスだから、ハリアは確かめずにいられない。
「ユリウス様は龍人族と何度か交戦していると聞いておりますが、会話するほどの機会がいつ合ったのでしょうか?」
機会も何もマブダチだ、とヨシツネが教えてくる。
ただおちゃらけと目される人物の言葉だったせいか。まさか、とハリアは真剣に取り合わない。
笑いを収めた途端にユリウスが表情に真剣を刻む。なにやら急激な変化に、どうした? となる者は魚人の青年だけではない。
「アーゼクスに限らず龍人の連中はいいやつらなんだ。今の話しで改めて見直したぞ」
「帝国の臣民にも関わらず、会話を交わすほどの交流があったのですか」
とてもハリアが驚いている。亜人の立場からすれば、無理もない。
「なに、付き合いがどうこうではなく、連中が食糧を求めての侵攻先として人間の領地へ向かったところに俺は男気を感じた」
「なにを仰っているのか、わかりません」
「龍人族が食料の困窮の原因は鉄鉱販路の取り扱いを一手に任せていたムートが引いたせいだったのだろう。それでも攻め入る真似をしなかったんだなぁ、と感心していたわけだ」
「ムートがすでに多くの傭兵を雇っていたせいだとは考えられませんか」
「アーゼクスのことだ。三個程度の騎兵団がだったら、構わず挑むぞ」
思い当たる節があるハリアはうなずいた。
ふむふむとユリウスはとても納得したように胸の前で両腕を組んだ。
「手酷い仕打ちを受けても今までの付き合いを想い、かつ亜人同士であれば刃を向けられなかったか。それくらいのこと、アーゼクスも言ってくれて良かったのになぁ」
はいはーい、とヨシツネが手を上げる。
両腕を解いたユリウスが「なんだ」と応じた。
「団長は龍人の連中が人間にならとしてきた点について、どうなんですか」
「バカやろう、俺たちだって最初は龍人を怪物くらいに思っていただろう。人ではなくだ。ならお互いさまだ」
「まぁ、確かにそうですね」
「それに人間の食糧を狙い南下してくれたおかげで、俺たちは知り合えた。今になれば、良い判断だったと言える。つまり素晴らしい結果となったわけだ」
良い判断だったかどうかはともかく、何が幸いするかわからない。
アーゼクスよ、さすがだぞ! と我が事のように喜ぶユリウスには誰もが呆れつつも微笑が浮かんだ。
そこへハリアが急に丘の先端へ駈けていく
「そんな、早い。早すぎる」
どうした、とユリウスは問うが解答を聞くまでもない。
視界にある海には何隻もとする木造船が航行していた。