41.漢、海の向こうを見る1(百年の話しです)
いきなり幌が被さる荷台へ入ってきた。
それに驚く者はハリアだけである。
他はお疲れさまとする態度で迎えている。遅いよー、とハットリなどは文句を言っている。
誰に応えるでもなく平服の少年はユリウスへ目を向ける。サイゾウ、と呼ばれれば口を開いた。
「グネルスの騎兵団はあと少しで国境に展開する。傭兵の襲撃は押さえられるはずだ」
「おお、凄いな。騎兵団を統括する騎士の人選が上手くいっていないと聞いていたが、やる時はやるものだ」
「皇王自ら陣頭指揮を取ったおかげだと思う」
ええっ! とそこらじゅうから驚きが挙がってくる。
カナンが、とプリムラなどは信じられない様子だ。
グネルスの新皇王はやる方ですね、とハリアは素直に感心している。
はっはっは! ユリウスは高笑いしている。
「さすが、俺の恋敵だけはある。いざという時はやれる男だと信じていたぞ」
ヨシツネはツッコまずにいられない。
「よぉっく、言いますね。さっきまでしょうもないヤツ呼ばわりしてませんでしたっけ」
「何を言う、俺はカナンを認めているぞ。ただアイツは上半身と下半身が別物なんだとの意見を言っただけだ」
アイツ呼ばわりの挙句、真面目に失礼な評価を下している。
「これはグネルス新皇王のお話しをなさっているのですよね」
思わずハリアがヨシツネに相手の確認をしていたくらいである。
「それでどうするかのぉ、ユリウス。吾輩らはどこへ向かう」
顎髭を撫でてアルフォンスが進路を問う。
うむ、とユリウスはしばし考え込んだ後だ。
「ムートの領内に留まろう。外の国へ行き場を失った傭兵が今度は近場の村落を襲うかもしれないからな」
幌馬車の荷台には、それがいいとする表情や態度が並ぶ。
するとハリアが身を乗り出してきた。
「では合間にて自分が本当に相談したかった事柄を聞いていただけるでしょうか」
どうやら息子として父親の印象を改めるため訪れたわけではないようだ。
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東の海面が薄ら白みだしている。
ユリウスらは小高い丘で馬車を停めた。
続いてイザークらを乗せた馬車も倣う。
ここまで範囲は限られるが、数多くの傭兵に対応した。
ただ逃げただけの傭兵には鷹揚に接した。ユリウスはむしろ脅かして悪かったとしていたくらいである。またデボラの下へ戻るか、気まずければグネルス皇国に雇ってもらえるよう紹介状を渡すとした。行く当てないまま放り出しては近隣の集落に迷惑をかけかねない。道筋を作れば、無法な行動へ走らないだろうとする計算だ。
略奪を働いた連中には容赦しなかった。物品の強奪だけなら猶予も見せたユリウスだが、血の痕跡があれば一刀両断とした。首を、瞬時に跳ね飛ばす。
凄まじいですね、とハリアが怯えているところへちょうど居合わせたヨシツネが笑いながら言う。
「まぁ、あれはあれで団長の慈悲だけどな」
「首をはねる処置が、ですか」
批難めいてしまったのも、それだけ目前で展開された圧倒的な剛力に衝撃を受けている証拠だ。
それがわかるからヨシツネは雑談みたいな口調を崩さない。
「そうさ。あいつらに殺された魚人の中には苦しんで死んだヤツもいたと思うぜ。団長なら同じ目に合わせてやれそうだけど、ひと思いで送ってやっているだろ。ホント、人がいいよな」
住む世界が違うとしか、ハリアは言いようがない。
でもだからこそ彼らに相談した。
こうして説明に実感を持てる場所までやってきた。
ユリウス一行は馬車を降りれば、ハリアの後を追う。
丘の先端へ行けば、都の中心である港街と海が一望できる。
遠くには別の大陸が暗い山のようにそびえている。
オーク大陸と呼ばれる海の向こうの存在へハリアは指差す。
「百年ごとにわずかな時間ながら海流は穏やかとなります」
「それは渡航が可能になるくらいということか」
横にきたユリウスが額に手を当てて眺めている。
「はい。見た目ほど離れていなければ、それ相応な規模の来訪が考えられます。百年前の約束を果たすために」
ハリアの眉根には深刻さが刻まれている。
しっかしよぉー、とヨシツネが緩い口調で訊く。
「結局は船に乗ってくるんだろ。そんなにたくさん、来られんのか?」
「前回の時間で計算すれば、良くて兵の数は一個師団といったところです」
「なんだ、普通に騎兵団で対応できるな」
それならとするヨシツネに、ハリアは首を横に振る。
「百年前、父と約束して帰っていった者はキバ一族。大袈裟であっても強さは龍人に相応すると考えて用心すべきです」
ホントかよ、とヨシツネは信じ難いとしている。
だとしたら厄介どころの話しではないな、とイザークが手を顎に当てている。
「連中は亜人なのかい?」
訊くベルは警戒より興味が優っている感じだ。
「いえ、種族としては人間です。寿命は百年に満たず、しかし出生は一対の番の下、多くの子供を産み落とします」
「なんだ、オレたちと変わんねーじゃん」
ヨシツネは組んだ両手を頭へ乗っけている。
「彼らは馬に騎乗したまま戦います」
「あんなもんに乗ってよく戦えるなー、ずいぶん器用なもんだ」
ヨシツネの感心には揶揄が含まれているくらい誰の耳でも聞き取れる。
ゆっくりハリアが向いた。
なんだよ、とヨシツネが口にしてしまうほど静かな迫力を湛えている。
「キバ一族はメギスティア大陸にない戦い方をしてきます。本来の意味で彼らこそ騎兵なのです」
なんだよ、それ。ヨシツネが前と同じような台詞を吐く。ただし今回は皆の代弁となっていた。