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40.漢、検討に入る5(こっちの事情)

 デボラと最初の妻の間には女の子が生まれている。 

 名は、エルナ。利発で見目麗しい自慢の娘だった。


 デボラは最初の妻と最後まで添い遂げたかったらしい。けれども近々部族長になる身であれば、率先してより多くの子孫を残す姿勢を示さなければならない。まだ娘のエルナが幼いうちに別の婚姻を結んだ。程なくして男の子が生まれれば、また別の相手を求める。こうして三人の男子を得る。現在目の前にいるハリアが次男に当たる。


 デボラは順調であった。

 だが最初の妻は次の婚姻時に亡くなってしまう。どうやら夫婦仲が上手くいかないなか、手遅れの状態で病気が発覚した。もし早くに治療を施せば助かった可能性は大きかった。

 この件に関して、デボラは非常に悔やんだ。せめてと妻が連れていった幼かった娘を引き取る。溺愛とするくらい大事に育てていく。


「そうだったのか。俺はデボラを見直したぞ。婚約を否定するような輩は愛を知らないと思っていたが、そうではなかったようだな」


 ユリウスが勝手な思い込みを披露しつつも好感を表していた。

 なんだかんだあってもハリアは息子として、やはり嬉しくなるようだ。


「父なのですよ。強制とはしないものの、出来れば子供が成人するまで次の婚姻に移らないよう呼びかけたのは。人口の増加は最重要事としながら、親として子供も健やかに育てるため、何を模索していくべきか考えていくべきだ、と」

「なんだ、デボラよ。どうしてそんな立派な考えが持っていたことを言わない。俺はすっかりカナンのような男と見なしていたぞ」


 カナンに関してはわたくしもそう思います、とプリムラも追随してくる。


 ヨシツネを始めとして他の同乗者は思う。

 この場にいないカナン皇王が気の毒でならない。特にプリムラの辛さが尋常でない。怒らせてはいけない人物と胸に刻む次第である。


 なぜだ、と胡座のユリウスが胸の前で腕を組む。


「なぜ家族愛に満ちたデボラが娘を殺してやろうなどと考えられる。そんなこと……」


 不意に言葉が切られた。ユリウスが声もなく考え込んでいる。

 どうしました? とプリムラが尋ねても、すぐではない。やや間を置いてからだ。


「デボラの娘はいなくなったのか。行き先はハナナ王国か」


 ゆっくりハリアは首を縦に大きく落とす。


「ユリウス様のご明察には感服致します。デボラの娘であり自分の姉でもあるエルナはお忍びでムートへやってきたハナナのリュド王に召されて、ムートから出奔しました。たぶんですが側妃として迎え入れられたかと思われます」


 注目がハナナ王国第八王女のプリムラへ一斉に集まる。

 だが期待に応えられないと黄金の髪が横へ振られた。


「申し訳ございません。わたくしは王宮から遠い場所でずっと暮らしておりました。父との付き合いもあまりなく、どのような方々がそばにいるか皆目見当もつきません。ただ……」


 まっすぐプリムラが目を向ける。

 受け止めたハリアはややたじろいでしまう。得体の知れない迫力に気圧される。


「ハナナ王国の後宮はかなり賑わっております。入内は後を絶たないと聞いております。リュド王に人種関係ありません。つまり女性ならば誰でもいいのです」


 幌馬車内の温度はぐんぐん下がっていくようだ。人でひしめく荷台は、プリムラの冷たい怒りで空気が冷たくなっていく。据わった目つきになれば、氷のような声を放ってくる。


「リュド王とガーベラの間に生まれた娘など、殺されて当然です」


 姫様っ! とツバキが呼ぶ。

 すみません、とハリアも慌てて頭を下げてくる。先ほど余計なことを言いました、と加えてくる。


 我が婚約者プリムラよ、とユリウスが呼ぶ。

 小柄なプリムラは隣りから見上げる格好だ。見降ろす婚約者の顔を見た瞬間だ。

 泣きたくなってしまった。

 それほど優しい顔つきだった。


「殺されてもいいと本人が言っても、俺は阻止する。絶対だ。これだけは譲れないぞ」


 ……はい、とプリムラは素直に返事をした、して良かった。

 なぜならユリウスのこれ以上にない顔を見られたからだ。そしてそれはプリムラ自身も救われる微笑みであった。

 もう少し見つめ合っていたら、嗚咽が洩れていただろう。


 いきなりだった。

 するり、外から人影が荷台へ滑り込んできた。

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