39.漢、検討に入る4(相手の事情)
同じ連れ合いから子供は一人しか生まれない。
それが魚人における出生の特徴らしい。
「なかには子供を一人だけとし同じ相手と添い遂げる夫婦もありますが、それは稀な例です。大抵は子供が成人したら、次のパートナーを求めます。自分の父が特別ではありません」
亜人の寿命は一様でないもののだいたい人間の十倍あるとされている。
「これで他の亜人に比べ魚人は人口の多い理由がわかりました」
すっかりプリムラは冷静になっていた。
ユリウスと言えば、憤慨していた。
「ひどいぞ、デボラよ。なぜ訳を教えない。俺は恋敵と同じに見て、嫉妬の炎を燃やしたんだ」
はぁ? とハリアは今ひとつ理解が及ばない。間違いなく闘神とした評判に翻弄されている。つまりこれまでユリウスに振り回されたきた者たちと同じ道を辿っているわけである。
「ユリウスぅー、戦っている最中にそんな話し、するわけないじゃん。それにあのオジさん、姫様を殺そうとしていたんだよ」
ハットリという少年の指摘により、ようやくハリアはユリウスが言っていた意味を悟る。闘神とした通り名の印象から少し離れなければいけないようだ。
そう言うがな、とユリウスが頬を膨らませる。熊かゴリラかと揶揄されるごつい顔だから愛嬌はあっても似合わない。
「カナンだって、我が婚約者プリムラを殺したいとしてきたではないか。デボラだって、それと同じだと考えてもおかしくないはずだ」
「いやいや、おかしいって。ユリウス、それ、絶対」
ハットリの断言に、「そうだな」とユリウスはあっさり首肯していた。実のところ、自身の考えにあまり自信を持っていなかったようである。
ふぉっほっほ、とアルフォンスが顎髭を撫でながら進言してくる。
「ところで肝心なことを早めに訊いたほうが良いと思うがのぉ。この先どこで逃げた傭兵とぶつかるかわからんからのぉ」
おお、とユリウスが手のひらを叩いている。まったくだ、として質問へ移った。
「なぜデボラは我が婚約者プリムラを殺そうとする。やっぱり恋か、恋なのか」
もうそれはいいでしょう、だんちょ、とヨシツネは呆れずにいられない。
回答を求められたハリアは真面目な性格ゆえか、しそうになった苦笑を抑え込んだせいで顔を引き攣らせている。
「ユリウス様、申し訳ありません。自分の父は魚人こそ種族の最高峰としてます。人間だけでなく他の亜人にも興味を示しません」
必要のない謝罪を入れて、あり得ない旨を伝えてくる。
「そんなバカな。人間も亜人もヒトだろう。我が婚約者プリムラの愛らしさに惹かれないわけがないぞ」
きっぱりユリウスが述べれば、「ユリウスさまぁったら〜」とプリムラは嬉しそうに照れてくる。
いかんのぉ、とアルフォンスの呟きに、ヨシツネがうなずく。このままでは二人の世界へ入るだろう。放っておいたら、ちっとも先に進まない。
うまい具合に忖度などしない少年が入ってきた。
「そんなのいいから、ユリウス。早く姫様を狙った理由を訊いてよ」
ハットリが主の連れであろうと遠慮なく切り込んでくる。
「おお、そうだった。さすがだ、よく気づいたな」
感心感心とするユリウスが改めて魚人の青年ハリアへ向き直る。
「デボラはなぜ我が婚約者プリムラを狙う。どうやらハナナの国王に思い知らせてやりたいみたいなことを言っていたが。巨人がハナナ王国へ攻め入ったとする話しも聞いているしな」
ちゃんと記憶しておくべき点は押さえてある。
闘神らしいとする面が窺えたおかげで、ハリアの頬はわずかに緩む。彼本来とする精悍な面立ちに似合う表情へ変わっていく。
「あれは侵攻を目的としたものではなく奪還です。なので侵入を見咎められたら、すぐに撤収してます」
ユリウスは隣りへ目を向ける。
うなずいたプリムラが後の話しを引き受けた。
「わたくしも海岸伝いに侵攻しようとした魚人の一人にかすり傷を負わせたら、慌てて引き揚げていったと聞き及んでいます」
「誰かが帰ってこられないような事態だけしてならない、と作戦の履行において部族長が厳命しておりましたから」
「デボラ王が、ですか?」
「王ですか……父はそんなふうに名乗りだしてからおかしく……いや、おかしくなったから名乗ったのかもしれません」
噛み締めるようなハリアに、思わずプリムラとユリウスは顔を見合わせてしまう。
「ハリア様はムートが部族から国家とする体制の移行をあまり好ましく捉えていないようですね」
「ご存じの通り、自分ら魚人は亜人のなかでも突出した財を築きました。富を得すぎたのかもしれません。今晩の惨状は下手に傭兵を雇えたばかりに起こったことです。まったく自分の父は……」
「父は?」
「見立てが甘いのです。殊さら肝心なことにおいては」
そう言ってハリアは目を落とす。
気の毒になるくらいの悄然ぶりだ。
こういうのは放っておけないユリウスである。
「まぁ、なんだな。今までの話しを聞いてデボラも根っから悪いヤツじゃないと思えたぞ。恋敵でないこともわかったしな」
ヤツ呼ばわりで、まだ恋愛関係にこだわっている。
仲間とする者たちからしてみれば、ハリアが気を悪くしても仕方がないと思う。
だが顔を上げさせることに成功した。しかも苦笑を抑えきれなくなって、とする顔だ。少し気持ちがほぐれたようだ。まったく何が幸いするか、わからない。
それから意を決したように言う。
父がハナナ王国を恨む気持ちは自分も同じです、と。