36.漢、検討に入る1(他も意外とする人です)
早く出て行って欲しいからか、それとも多少は悪いとする気持ちがあったのか。
ユリウスたちが少し進んだ所で、幌馬車が追ってきた。御者は魚人で、これを引き渡すようデボラから依頼されたそうである。素直に有り難いとして受け取った。
御者台にベルとキキョウが座れば、後の者は荷台へ収まる。
「ところで森の国のほうは大丈夫そうか」
走り出すなりユリウスはグレイへ訊く。
「傭兵が逃げ出し時にアルクを飛ばしておいた。今頃、着いているんじゃないかな。だからぜんぜん心配いらないって」
使役する鷲の名前を出す声は自信にあふれている。連絡は届くだけではない。この程度の傭兵ならば、エルフで対処できると暗に示唆している。
そうか、とユリウスは安心する一方で別の懸念が生まれた。
「それに傭兵どもの多くが逃げ出す方面といえば……」
「グネルス皇国だろうな。距離もそうだが、ムートとの国境から少しいけば集落がある。森よりもこちらのほうが身を処しやすい」
対面のイザークがする分析に、ユリウスの右手が顎に添えらえた。
「警備も薄ければ、どさくさで近隣村落も襲撃しやすいか」
するとユリウスの隣りで座るプリムラが肩を落としつつだ。
「グネルスは騎士団長が亡くなったばかりです。騎兵団の統括が上手く機能できるようになっているか。まだならば、野盗に近いとはいえ外敵に即応は難しいと思えます」
どうやら今回といい、グネルス皇国の襲撃も自分が原因だとして責任を感じているらしい。
「ならば行き先は決まったな。グネルス方面へ向かうぞ」
励ますようなユリウスに、プリムラは申し訳なさそうに目を伏せた。
「当然だのぉ」とアルフォンスが、「もういっちょいきますか」とヨシツネが明るい返事を響かせる。
「ご飯がおいしい、いいところだったのにな。まだ食べたかったのに。傭兵のやつら、許せないよ」
ハットリの思いっきり個人的な理由が笑いを催す。
ようやくといった感じでユリウス一行は本来の姿を取り戻しつつあった。
突如、馬のいななきがした。がくんッと荷台に乗る全員が前へつんのめる。
どうした、とプリムラの肩を支えたユリウスが急停車の意味を尋ねる。
それが……、とキキョウが荷台を覗き込んでくる。顔は見せたものの説明しあぐねている。
ならばとユリウスは御者台へ身を乗りだす。
突き出たごつい顔の横でベルが「どうどう」と手綱を操っている。暴れそうな馬を抑えていた。
「どうした、ベル。敵襲か、それとも宿の主人が請求で追ってきたか」
そういえばとベルも思う。宿泊まで行かなかったものの、食事は世話になった。けれども宿屋は暗殺の利用で壊滅されてなく、供された料理の一部は睡眠薬入りときている。先方にしたら請求どころか会いたくもないだろう。
ははは、とベルは笑って顎をしゃくる。
「ユリウス団長、惜しいよ。追ってきたみたいだけど、それは宿屋の者じゃない」
馬車のすぐ前方に人影があった。
おお、とユリウスは挙げるも具体的な言葉までに至らない。
確かにキキョウが言いあぐねよう。状況は単純に説明し難い。
馬車の行く手にいきなり人が現れた、そこは間違いない。
複雑にしているのは、構成だ。
黒づくめの三人がいる。暗殺団ルゥナーの手合いだと一目で知れる。
けれども彼らが道を塞いでいるというわけではない。
むしろ不埒な者を取り押さえているという体裁である。
黒づくめの三人に地面へ押さえ付けられた青年がじたばたしていた。
完全に馬車が停止すれば、どうした! とユリウスが飛び出す。
路上へ降り立てば、黒づくめの三人が揃って声を挙げる。
ユリウス様、と。
犯人を捕らえたような格好だから恭順の姿勢は示せないものの、敬意を払っているくらいわかる。
「どうしたんだ、おまえたち。ルゥナーに、何かあったのか」
敵だった相手の身を懸念するユリウスの様子に、決心を固めたか。黒づくめの三人は、さっと覆面を剥ぐ。意外に若いとする容姿を現した。うち取り押さえた青年の背に乗る者が口を開く。
「我々はルゥナーの許可を得て、ユリウス様を追って参りました」
馬車からイザークを先頭にぞろぞろ降りてくる。プリムラには盾を手にするアルフォンスとツバキが付き添っている。なんだなんだぁ? とするヨシツネに、なんだぁ? とハットリも同じような台詞を口にている。ベルとキキョウは御者台から見守る立場を選んだ。
「いちおう訊くが、本当か?」
ユリウスが三人へ、疑うというより信じられないとする口ぶりだ。
はい、と一点の曇りもなく返ってくる。
さらに一人が無視できない事実を告げてくる。
「我々は元ロマニア帝国騎兵です」
ユリウスだけでなく四天の四人も意表を突かれた。
かつ取り押さえられた青年の耳は大きな弓の形をしている。櫛のような線も入っていれば、魚人に相違ない。
「私は闘神ユリウス一行に危害を加えるつもりもない。相談するためにやってきたんだ」
路面に押しつけられながらも必死に訴えてくる。
信用できるか、と黒づくめの一人が返していれば、ヨシツネが小さく「おまえが言うか」と呟けば、並外れた聴力のベルが肩をすくめていた。
まずは名前だな、とユリウスが友好的な態度で取り押さえられた青年へ近づいていく。
地面に押さえつけられた魚人の青年は答えた。
ハリア、という名であるそうだ。
問題は名前の後に続いた口述である。
デボラの息子であります、と。