34.漢たち、騒擾の夜を迎える3(謎なままにはしておけません)
首魁の決定に全てが従ったわけではなかった。
「闘神ユリウスの助けなど、できるかっ!」
ゼノンの叫びに賛同して動かない暗殺者がわずかながらいた。
暗殺団ルゥナーは一枚岩になりきれていない。
謎の自称暗殺団は多少の劣勢でも攻撃を仕掛け続ける。
屋根から放たれる矢に至っては数を増やしてくる。
「ここは任せてよ」
爽やかな表情でベルが弓を引き絞る。一度に五本とするだけでも凄いが、放てば全ての矢は当たる。夜闇でも驚異的な腕前を相も変わらず発揮してくる。
味方に付いたルゥナーの暗殺者が放つ吹き矢の援護射撃もある。
戦況の優勢は早くも応戦した側へ傾いていた。
「よし、ボクだって」
負けじとグレイが前へ出た。建物の上にいる敵へ狙いを定めて矢を射る。見事に当たり、転げ落ちていく様が見えた。
「やったね、どうだい」
得意げなグレイの背に人影が忍び寄る。このクソガキー、と忌々しい声を発している。
振り返れば、すでに刃が迫っている。
しまった、と思う暇もない。
殺られるとした瞬間だった。
剣を振り下ろす途中で男の首は貫かれている。
長槍の穂先が横から伸びてきて、確実な絶命へ導いている。
「彼女は子供ではない。立派な美少女だ」
本来ならお礼を言いたいグレイだが、内容が内容だ。格好もつけていれば文句が出る。
「まったく、おまえ。こんな時でも言うことが気持ち悪いぞ」
「おかしなことを言わないでくれ。事実をきちんと述べただけだ。キミをクソガキなどと吐き捨てる相手の認識はきちんと正さないとな」
イザークは真面目腐って言う。
あのさ、とグレイの口から出かかる。正すも何も葬っている。届ける気があったとは思えない。だが長々しゃべっている状況ではないくらい弁えている。
剣を武器とする連中が居並ぶ建物の間からぞろぞろ出てきていた。
「なるほど、主力はこちらだったというわけか」
独白するイザークが槍を構え直す。
「我らの本領はこれからだ。ルゥナーのアサシンよ、生き残りたければ、我らにつけ」
謎の声があちこちから響いてくる。
ふざけんなよ、とグレイが剣を手に来る敵へ弓を引こうとした。
グレイ、とイザークがここでは呼び捨てでくる。
「キミはベルのように目が効くほうか」
「ベルほどじゃないないけど、人間よりはずっといいと思うよ」
「なら上空に糸のような線が走っているか、見てくれ。私の考えに間違えがなければ、複数あるはずだ」
さっそくグレイは仰ぎ見る。意識して目を凝らせば、黒い線条が見つけられた。
「ホントだ。四本ある」
「その線が集約された地点に声の主はいるだろう。仕留めてくれ」
わかった、とグレイは弓を引きつつ上空の線条を追う。四本は壊滅した宿屋から三軒隣りにある石造りの建物へ集約されている。いたぞ、とこぼせば矢筈を離す。
張り出しで腰を屈めていた人影に命中した。
やった、とグレイの緩みかけた顔は即座に引き締まった。
前方でイザークが対峙する謎の敵兵は、まさに大勢だった。超人的な速さで繰り出される槍だから翻弄できているものの、それもいつまでかとする敵の数だ。剣を武器とする連中だから殺傷能力も高い。
慌ててグレイは援護すべく弓矢を構えた。
巨大な獣の影が横切った
多数の血飛沫と苦鳴が舞う。
謎の敵兵が白き狼の爪の一振りに斬り裂かれていく。
「本当に助けてくれるようだな」
槍を繰り出す手を止めないイザークの感謝に、ルゥナーもまた前脚を掲げながらだ。
「我らは利が見込めるものへ付く。そこを違えてはアサシンは生き残れないからな」
そうか、とイザークの返事は端的だ。でも内心においては、いたく感心している。
戦況も優位をはっきり示し出せば、態度を決めかねていた暗殺者も首魁に倣いだす。
程なくして暗殺団と名乗った謎の敵を退けるに至った。
けれども手放しで喜べない現状が待っていた。
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ムート立国の都マルコで起こった騒乱は夜半を回る頃に沈静化した。
逃亡に入っていた傭兵であれば盗人根性は猛々しいが戦意は低い。
ユリウスやヨシツネ、アルフォンスの姿を見ただけで一目散とばかり襲撃場所から姿を消していく。ツバキやキキョウにハットリといった姿を見せずの攻撃が何人かを始末した。
だが一方的な強奪による生々しい惨状の跡があちこちで散在している。
しかも冴えない顔で戻ってきたユリウスらに、デボラは叩きつけるように言う。
おまえたちのせいだ、と。