32.漢、騒擾の夜を迎える1(次がきました)
街のあちこちで火の手が上がり出していた。
「ああいう連中は、こういう時の行動は早いな」
ユリウスは幼き頃に家族及び集落の人々を野盗化した傭兵に鏖殺されている。珍しく憎々しげな目つきになっている。
ヒュー、とグレイが口笛を吹いて使役する鷲を呼ぶ。
ついとイザークは前へ出てきた。
「ユリウス、傭兵どもを止めよう」
「そうだな。いいか、行くぞ」
異論ない仲間たちと共に駆け出そうとした。
ビュンッと空気を切り裂き飛んでくる。
目にも止まらぬ早さでユリウスは背中の大剣を抜く。
向かってきた矢を叩き落とす。
「邪魔をするな、ルゥナー。もしするなら俺はおまえを斬る」
「違う。我々ではない」
否定が挙がっても攻撃の手は止まない。
第二手、第三手と矢が降ってくる。
防ぐアルフォンスの盾の上を、反撃の矢が越えていく。
五本同時としながら漏れなく射抜くベルの神業に建物から人影が落ちてくる。
グレイの弓も一本ながら確実に当てている。
地面へ落ちてきた襲撃者へ、ヨシツネとツバキが身軽さを発揮して攻撃する。
止めを刺したところで報告がきた。
「団長、たぶんアサシンだと思えますけど、ルゥナーとは別だ」
ヨシツネは剣に付いた血を払わず次へ向かっていく。
身を起こしたデボラがあたふたと叫ぶ。
「や、やめろ。今はそんな時じゃない。こいつらなんかより、街で略奪している連中をやれ」
「そのような依頼は受けていない」
どこからともなく聞こえてくる。男だろうと思われる声は一つに違いないが、あらゆる方向から聞こえてくる。
なんだ、これ? と耳の良さから索敵担当のベルが不審げに眉をひそめていた。
デボラも相手の所在がつかめない。だからこれまでにない大声を張り上げる。
「ならば金を出す。言い値でかまわん。ともかく街を襲う傭兵どもと何とかしてくれ、殺してもかまわん」
我慢ならないとする声が上がった。
「どういうことだ、デボラ王。暗殺団は我々だけではなかったのか」
暗殺団ルゥナーの首魁である白き狼が怒りを露わにしてくる。
「そんなことはどうでもいいわ。ともかくおまえらも一緒に街を守れ。その分の金なら払う」
デボラよ、とプリムラを左腕にするユリウスが呼ぶ。
「それでは誰も動かないぞ」
声を失うデボラに構わず、サイゾウ! とユリウスが小さく鋭い声で招く。
ススッと間近まで平服の少年が寄ってくる。
「今すぐグネルスへ行け。カナンもしくはラプラス宰相にムートで騒乱が起こっていると伝えるんだ」
「援軍を求めるという感じ」
「いや、ただ一個師団に相当する傭兵が暴徒化しているとすれば、隣国としては防衛の騎兵を展開させずにいられないものだ。それに……」
なぜかユリウスがやたら愉しそう続ける。
「カナンが相手だったら、プリムラがピンチだと教えてやればいい。俺の恋敵は自分の手ならともかく他人の手でなどは許せるはずがないからな」
わかった、と返事をすると同時にサイゾウの姿は消えていた。
ユリウスは顔を上げた。どこにいるかわからない新たな暗殺団の首魁だ。ともかく声を張り上げる。
「誰だか知らんが、邪魔をするな。依頼主が金を払うと言っているんだ。ここは退け、俺たちはただ傭兵の暴挙を抑えたいだけだ」
「我らにすれば、ユリウス一行を消す好機と看なそう」
「だが俺たちのほうが押しているぞ」
「現状はな。しかしより戦力を増やしたらどうだ」
どこと所在がつめない声ゆえ不気味に響く。
どういうことだ、とユリウスが問い質せば、ひときわ大きく発してくる。
「ルゥナーのアサシンよ。我々と協力しようではないか。最終的な目的は一緒だ。ユリウスとその婚約者を討ち果たそう」
ユリウスの大剣が振られた。
真横から飛んできた吹き矢が地面に転がっていく。
方角といい、武器の種類といい、新たな暗殺団の攻撃ではない。
「ゼノンか、なぜだ」
ユリウスが大剣を構え直す。
「何度も失敗してきたプリムラ王女の暗殺を果たす。これはアサシンとしてのプライドだ」
「ならば次にしろ。今は住人を助けるほうが先だ。魚人は出生数が多いといっても亜人の中での話しだ。人間のそれに比べれば、生まれてくる数は非常に少ないんだぞ」
「ふざけるな、闘神ユリウス。いつまでも余裕ぶっている暇はないぞ」
「余裕がないから、なぜ襲ってくると訊いている。それくらい、わかれっ!」
ユリウスの声に苛立ちがこもっている。一刻でも早く助けにいきたいとする焦燥が滲んでいた。
敵にすれば隙と見える。ならば退くとならない。
一方で味方の僚友は、何より意を汲む。
槍の穂先がゼノンを襲う。
咄嗟に飛び退く暗殺者の前へ、イザークが立ち塞がった。
「ユリウス、行け。ここは私たちで何とかする」
飛んでくる矢を槍で払いつつ、任せろとしてくる。
ここでユリウスがためらいを見せた。
無辜の魚人たちを一人でも多く救いたい。
けれども仲間たちを残していいものだろうか。結託した暗殺団の一方は得体が知れない。どれほどの実力か不明なまま任せてなどしていいものだろうか。
しかもイザークが、ヨシツネも行け! と言う。プリムラ王女を抱えたユリウスだから手伝ってやれ、と。挙がった快諾が、むしろユリウスの足を重くする。
逡巡がルゥナーの暗殺者に立ち塞がる機会を与えてしまう。前方に武器を携えた幾人もの黒づくめが並んでいた。