表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/231

31.漢、目標としていた人物に会う4(こういう時には言えます)

 ユリウスの胸に顔を押し付けるプリムラの瞳から涙がこぼれ落ちていた。


「……わたくしは、わたくしは……」

「いいんだ、いいんだぞ、我が婚約者プリムラよ。あの時、いとも簡単に命を投げ出そうとした姿を見て、何かあったくらい、俺でもわかる」


 ドラゴ部族のアドリア公国侵攻にユリウスは帝国第十三騎兵団を率いて迎撃した。ムート立国の王デボラの差金による味方を装った傭兵団の奇襲で生じた混乱へ乗じて、暗殺者がプリムラに迫った。間一髪、ユリウスは間に合ったものの、プリムラの生に対する執着の薄さを感じ取った。ずっと気になっていたことだ。


「俺は理由を話してくれなどと、言わない。ただずっとそばにいてくれ、それだけだ。それを叶えるためならば、悪いが我が婚約者の意向は無視だ」


 そっとプリムラは胸から顔を離した。頬にまだ涙を伝わせたまま可憐な唇は開く。


「……わたくしの気持ちは、ユリウスさまの想いそのままにあります」

「そうか、俺の気持ちを汲んでくれるか。ありがたいな、ああ、ありがたいぞ」


 ユリウスさま、とプリムラは再び胸に抱きついた。


 大剣を頭上に掲げたままユリウスは魚人(ぎょじん)の王の陣営へ向く。


「デボラよ。おまえが暗殺したい王女は俺の腕のなかにいるぞ。目的を果たしたいなら、かかってこい」

「女を片手に戦おうとは油断もすぎるな。闘神(とうしん)の名が泣こうぞ」


 今にも笑い出しそうなデボラが 何千といる傭兵へ命令する。

 やれ、と。


 確かに傭兵集団の奥深くまで届いたはずだった。


「どうした。来ないなら、こっちから行くぞ」


  戦いへ向かう意志は受け立つユリウスのほうが示す。


「ど、どうした。やれ。たかが十人だぞ、さっさとやらんか」


 ぴくりともしない自分の陣営へ、デボラがはっきり焦燥を滲ませた檄を飛ばす。

 けれども武器は構えている誰もが一歩すら踏み出そうとしない。


「なにを考えている、馬鹿者どもが。金を払わんぞ」

「闘神ユリウスとやり合うなど聞いていない」


 群れなす傭兵のうちから上がった反駁が不平の殻を破ったようだ。

 次々に、冗談じゃないとする声が飛び交う。金より命だ、とする意見まで出てきた。

 集めた傭兵が烏合の衆どころか無用の長物へ化していく。


 戦いどころではない。


 地団駄を踏むデボラだがこの程度で諦めるはずもない。


「いくら闘神といえども、これだけの人数でいけばいずれ力尽きよう。間違いなく殺れる数を揃えておる」


 ふざけるな、とすぐに返ってきた。


「仮に千人目で倒せたとして、それまでの九百人はどうなる? おれは生け贄みたいな役目などご免だ」

「そんな極端すぎる話しは……」

「あり得るんだよ。おれは先だってグネルスの募兵に応じて対峙したから知っているんだ。あの闘神、特に婚約者絡みになると、ヤバいんだ」


 雇い主の言葉を遮ってまでする訴えは説得力に満ちていた。

 傭兵のなかに武器を降ろす者が出てきた。やってられないとばかり足は後ろへ向く。

 離脱者が現れた。

 戦わずして戦陣が崩れていく。


「バ、バカ者ども。何を考えている。なんのためにおまえたちを雇ったと思っている」

「我々では不安だったから、アサシンまで頼んだのだろう。それが上手くいかなそうだからと引っ張り出せば、どうにかなると思ったか」


 逃亡に入った傭兵の一人がした指摘が図星を突く。

 初めから傭兵の力押しですむなら、暗殺団など先行させやしない。

 舌打ちするデボラは、つい口を滑らせた。


「これだから人間は信用できん。所詮は亜人を蔑みながら金を見せればすり寄ってくる下劣な連中だ」


 こんなことを聞かされ、人間で構成される傭兵団が従うはずもない。逡巡を見せていたわずかな傭兵も離れていく。


 デボラの雇った傭兵たちは離反した。


 指示を失った王など、無力な赤子にも劣る。

 しかもさっさと逃げ出さなければならない状況判断が出来ず、ただ怒り狂う。離散していく背中へ罵詈雑言を投げ続ける。


 デボラよ、と呼ばれてやっと己の立場を顧みられた。


 後ろを振り返れば、巨漢がそびえていた。

 左腕にプリムラを抱くユリウスが目前にある。

 ようやく自身の危険を悟ったが、何もかも手遅れだ。

 相手の右腕が振り下ろされた。

 バカ野郎ー、の叫びと共に衝撃が走る。


 もんどり打ってデボラは路上に転げ回る。ぷっくらした頬には赤い手形がついていた。


 ユリウスの大剣は背中の鞘に収まっていた。

 武器は素手としたらしい。しかもそれなりに加減したはずだ。

 張り手とはいえ、一般の者ならば命を奪いかねない。


 バカ野郎、とユリウスがまた繰り返す。

 情けなく倒れたデボラだが矜持は残っていた。痛みで身体を起こせなくても、覚悟は上げられた。


「殺せ、殺すがいい。闘神ユリウスも所詮は人間だ。亜人を殺すことなど何も思うまい」

「そんなこと言っている場合ではないぞ。おまえが王だと言うなら、やるべきことあるだろう」


 正直なところデボラは思いつかない。だがわからないとは言いたくない。だから先方から答えがもたらされるまで黙っていた。


 ユリウスが苛立ったように言う。


「金を得られなかった傭兵が何をするか、わかるだろう。すぐ襲撃に備えるよう警報を出せ。今のやつらは少しの足しにしかならなくても平気で殺してまで奪うぞ」


 説明されてようやく考え至れば、デボラは夜闇の中でもわかるほど真っ青になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ