29.漢、目標としていた人物に会う2(姫の隠れた心を触発します)
大剣を向けられたムート立国の王デボラはやや怯みを見せた。
だが、それも一瞬だ。尊大な光りを目に宿す。
「いきなり何を言い出す、闘神ユリウス。そこのアサシンどもに何か吹き込まれたか。いざとなれば何でもやる連中だぞ」
「ここへ来る前から宛てはつけてやってきている。俺たちは確認にきたようなもんだからな。依頼先をもっと信用していいぞ」
「そうだな、と答えたら満足だろうが、そうはいかん。勝手な言いがかりこそ、余を愚弄するものとして断じて許しておくものか」
ガシャッとデボラの背後で響く。
一斉に武器を構える音が立つ。夜闇で正確な人数はわからない。
並外れた聴覚を持つベルがユリウスへ伝える。
たぶんだけど三千くらいいそう、と。
ちょっと厳しそうですねー、とヨシツネは仲間内だけに届く大きさでもらす。
これにアサシンまで加わったら厄介だぞ、とイザークが判断を披露してくる。
左腕にプリムラを抱え、右腕は大剣を突き出すユリウスは「デボラよ」と呼んだ。
「なんだ、闘神ユリウス。命乞いなら、まだ間に合うぞ」
デボラの満面に広げる喜色が残忍さを醸し出していた。けれども勝ち誇るには早いことをすぐに知る。
「やはりここだったのだな。我が婚約者プリムラの暗殺を企んだ首謀者は」
「なぜいきなりそこまで断定する」
「デボラよ。ずいぶん傭兵と付き合いがあるようではないか」
そう言ってユリウスは遠くを見遣る。
視線を送った先はデボラの背後で控える武装集団だ。
「事を成すには武力が必要だからな。闘神と呼ばれるだけのキサマならわかるだろう」
「そうだな、と返事してやりたいが、デボラよ。おまえは肝心な点が抜けている」
なにがだ、と返すデボラに苛立ちが見えた。腹を立ててというより不安のせいみたいに映る。
「武力は諸刃の剣だ。外から集めるなら、信用を前提に置くべきだ。出来ないならばむしろ初めから持たないほうがいい」
「これだけの戦力に怖気付いただけではないか。素直に認めるがいい」
ふぅー、とユリウスが息を吐く。腹の底からとする深いものだった。
「その様子だと数多の付き合いは傭兵に限らずアサシンもあるのだろう。ならば納得がいく。戦場のどさくさで暗殺を試みる連中と他国の騎兵を装ってまで襲撃してきた傭兵を揃えられたことがな」
「国家単位なら、それくらい造作もないことだろう。だがな、国は一つではないぞ」
「ああ、だから我が婚約者プリムラを狙う国を消していけば、デボラを王とするムートが残る」
「ずいぶんだな。他の国でも暗殺を企てるほど恨みを買っていよう」
はっはっは! とユリウスが大笑いを挟んでからだ。
「我が婚約者プリムラは鎖国とするハナナ王国の王女なんだぞ。他国になど俺のところへ来るまで出たことはない。知る人ぞ知る存在だ。カナンぐらいだろう。あと帝国の一部も知るが、それは最近だ。大掛かりな策略など打つ暇などない」
「カナンとはグネルスの皇王か。ならば、そやつの線もあるだろう」
「それはなしだ、デボラよ。カナンはアサシンを使わない。これは俺が直接に会って確認したことだ。あいつは恋敵とするに相応しい男だ、そこに間違いはない」
へぇ〜、となったヨシツネ及びベルである。カナンを実はけっこう認めているのが意外だった。
ははは、とデボラが笑う。笑われたお返しだろうか、悪意が感じられる。
「もうくだらぬ問答は止そう。証拠のない話しと突っぱねられようが、それはそれで一向に成果へ結びつかん。余がわざわざ出向いてきたこともあるしな」
「認めるというのか」
「認めてやろう。余がプリムラ王女の暗殺を企てた者だ。ハナナのリュド国王に結婚を直前に控えた愛しい娘が無惨に殺される苦しみを与えてやるつもりだった。余の無念を教えてやる意味でもな」
答えているうちにデボラの顔は激る感情ゆえに歪んでいく。兇器にも通じそうな迫力があった。
ユリウスとしては理由が知りたい。
なぜリュド国王を、そこまで憎むのか。何を無念とするのか。
けれども尋ねるより前に、笑いが起きる。
ユリウスとデボラが挙げたものとはまた違う笑いだ。
けらけらけら、紛うことなき狂笑であった。
思わずユリウスが「プリムラ……」と普段にない呼び方をしてしまう。
いつもなら即応してくれる。
現在のプリムラは耳に入らず、暗殺の首謀者へ可笑しそうに言う。
「ホント、本当にそんな理由でわたくしを殺したいとしたのですか。思い違いも甚だしすぎて、気の毒を通り越して滑稽で笑いが止まりません」
全く予想すらしていなかったプリムラの姿に、デボラは唖然した。だがいつまでも自失していられない。
「我が身を守るために詭弁を弄そうとしているのだろうが、そうはいかん。第八とはいえハナナの王女。男子がいないリュド王はとても王女たちを可愛がっているくらいの情報は入っている」
くくくっ、とプリムラの口からユリウスが初めて聞く笑いがもれてくる。
「国王なのですよ。国民に向けて表面を取り繕うくらい、いとも簡単にやってのけられます。私的でどのような人物かなど、外からではわからないでしょう、わかるはずがないのです」
いつの間にかプリムラから笑いが消えていた。
代わりに目つきが鋭いというか、据わってくる。
正気を失った調子に、見据えられたデボラはたじろいだ。脅迫は相手が幸福であればあれこそ有効だ。我が身を顧みれない者には通じない。
「殺しなさい、わたくしを殺して確かめてみなさい。そうすれば世間に向けた仮面を被っていただけにすぎないと知るでしょう」
挑発と取れないほど、標的としてきた王女はまともではなかった。