28.漢、目標としていた人物に会う1(現在は、王です)
馬鹿バカしい、とする新たな人物が登場した。
一見はヒトである。が、大ぶりな弓形の耳は櫛のような線が走る。魚のえらに相当する器官であり、亜人たらしめる特徴だ。
水中でも呼吸を可能とする『魚人』だった。
「まったく依頼が果たせないばかりか、標的と通じるなど呆れてものが言えん」
街の中心へ続く路上で陣取っていた黒づくめの集団が横へ引いていた。慇懃を示す行動が暗殺団ルゥナーの依頼主だと教えてくる。
声の主は小柄ながら肉付きがいい男性だった。歳の頃合いは初老にかかっていそうだが、肌が夜闇を押し退けそうなくらいつやつやしている。まだまだ一線で活躍する覇気がみなぎっている。
周囲にある者たちは頭が上がらない様子でもある。
組織の天辺が元気すぎれば独裁へ陥りがちになる、よく言われる例が当てはまっていそうだ。
ただ標的とされた一団のリーダーは一般的でない。
「おお、魚人の偉そうな人物が来てくれたか。ありがたいぞ」
ユリウスが誤解を生むような言葉をかけている。声が底なしに明るかったから、緊張は高まらない。
もちろん気分は害している。
「ずいぶん無礼なヤツだな。礼儀を知らないようではないか、闘神ユリウスは」
「おお、すまん。確かにおまえの言う通りだ。俺は礼儀作法がなっていない。どうか許して欲しい」
あまりな素直さに、やや面喰らったようだ。だからこそだろう、いっそう権高な上目遣いをしてくる。
「できれば我が兵団に、と願わくもなかったが残念な限りだ。我がムート立国に礼節を知らぬ戦闘狂などはいらん」
「おお、なんだか凄く偉そうな地位にある人物とみたが、宰相とかか?」
ふっと鼻で笑うだけで腹が揺れるような魚人が仰々しく告げてくる。
「余の名は、デボラ。魚人族の首長であり、ムートの王である」
さも驚けとばかりの口上だった。
「そうか、やはりそうだったか。たぶんそうだと思っていたぞ」
ユリウスの、そうだろそうだろとする口振りである。プリムラを左腕に抱えて絶好調とする明るさだった。
デボラは虚を突かれたが、それも一瞬だ。癪だとばかり叫ぶ。
「キサマ、わかっていながら訊くとは。初めから愚弄するつもりだったか」
「デボラよ、それは勘違いだ。おまえが礼節を重んじているようだから、俺もそれに則っただけだ」
「王と知りながら宰相などと訊くことがか」
「ああ。知らぬ相手の身分は低めに問うが礼儀ではないのか」
己の不利を自覚すると却って開き直れる者はいる。デボラが、そうだった。
「言い方が良くないわ、キサマがきちんとした喋りを出来ていれば誤解などせん」
言いがかりだが、一理はあるせいか。
なるほど、とユリウスは感心している。もちろんそれだけで終わらない。
「では、デボラよ。俺も誤解がないように話そう」
「なんだっ」
「俺たち、仲良くしよう。いろいろあった過去はなしだ」
すぐに嘲笑が上がった。検討するまでもないとする早さだった。
腹を揺すってデボラが、それこそ夜空まで届かせるかのように立てている。
「キサマは本当に愚かだな。こちらに何の遺恨がある? 今晩、初めて会ったのではないか。それとも以前に、どこかで会ったか」
「いや俺のほうも初めてだ。魚人は帝都で遠くから見たことが一度か二度あったくらいだ」
「ならば過去など……」
「どうして俺たちを急いでここマルコへ引き込むよう、ルゥナーに依頼した」
瞬時にしてデボラから侮りを消えた。不審の目を白き狼ルゥナーへ向ける。何もしゃべってはいないと首を横へ振ってくれば、顔を戻す。
ユリウスだけでなく腕の中にいるプリムラまで目つきは鋭い。
「キサマたちはどこまで知っている」
「確証があったわけではない。ただ俺たちを襲撃と撤退で一息を吐かせたところで、商人の馬車を装って乗るよう仕向ける。アサシンにしてはずいぶん焦っているような計画に思えてきてな。加えて宿ごとの破壊とくる」
「それがなんだと言うのだ」
「アサシンだけで取れるような作戦ではないだろう。テロとするには死人や怪我人も出ていないおろか、騒ぎにもなっていない。建物の一つくらい潰す許可を出せる後ろ盾を得ていると考えたわけだ」
「権力者が介在していると考えたか。けっこう頭は巡るみたいだな」
デボラが吐き捨ててくる。
「住人を思いやるムートの王だから、俺は仲良くしたいと思った。だからこそ確認したい」
「なにをだ」
「どうして暗殺など企てる。しかも王女とはいえ一介の女性に卑劣な策をもって狙う」
ユリウスは右に持つ大剣を突き出した。
先は真っ直ぐムート立国のデボラ王へ向けられていた。