27.漢、暗殺団と対峙す3(驚かれますが、いつもしてます)
暗殺団ルゥナーは沈黙へ入っていた。
きっと頭の中は態度と真逆で激しい動きをしていただろう。
首魁のルゥナーは亜人として、黒づくめの暗殺者たちは二度と陽の目を見ない裏の世界に置いた我が身における『当然』が揺るがされている。
ユリウスが一条の光りを見せてくる。
「……我々にも……他の選択できるのか……」
イザークの正面にいる黒づくめの一人が誰ともなしに発している。
若者かと思われる何気ない声が波紋のように広がっていく。
覆面で表情は見えずとも互いの顔を見交わす者もちらほらいた。
戦いの最中とは思えない様子を見せてくる。
「闘神ユリウスとは、亜人と共に歩める人物なのか」
白き狼ルゥナーもまた迷いを口にしていた。
刀を下げてヨシツネが陽気にかけてくる。
「おまえらもわかるだろ。オレらだって、元々はろくなもんじゃなかったくらい」
「そうだね。僕なんかは今の皇帝を暗殺しようとしてたくらいだからね」
雑談みたいにベルも加わってくる。もっともこちらは弓を下ろしていない。
「そう言えば吾輩もユリウスに会うまでは単なる野盗だったのぉ」
ほぉっほっほ、とアルフォンスは例の笑い付きだ。
はっはっは! とユリウスが笑いを被せてきた。
「それに婚約を三回も立て続けに破棄された俺だぞ。過去なんかこだわっていられるか!」
団長ぉ〜三回いりますかぁ〜、とヨシツネが嘆く。説得しようとした一連の締めが緩すぎるような気がしてならない。
過去なんかにこだわれないか、と先ほどの若者らしき黒づくめが呟いている。
それを聞いてヨシツネが、杞憂だったかと一息を吐きかけた。
吐けなかった。
「しっかりしろ。表の世界で名を馳せた連中が我々と手など組めるものか。騙されるんじゃない」
なにを油断しているとした叱咤であった。
ユリウスが知る声だった。ゼノンか、と呼ぶが返答ない。声はあくまで自分ら暗殺団へ向けて続く。
「裏の世界で手を染めたヤツが今さら戻れるものか。ならばアサシンとして依頼を果たすべきだ。ハナナ王国第八王女の暗殺の遂行を何よりとすべきだ」
「ゼノンよ、おまえはそうも簡単に諦めてしまうのか」
ほんの微かながらユリウスが悲しげにしている。見せ物になれそうな愛嬌ある熊かゴリラかとした風態だけに、印象の隔たりは強い。これが幸いして心を打つ姿へ昇華している。
「当然だ。だがアサシンとして、自分なりの誇りを持っている」
通常なら感銘を与えていただろうが、今はゼノンだけが張り上げている感じだ。
ゼノンよ、とユリウスは始める。
「俺もおまえもやっていることは一緒だ。誰かを傷つけて、生活の報酬としている。望まれて行っていることでも、誇りなど持つべきではない」
「同じにするな! アサシンは貴様ら騎兵らのように仲間と手を取り合ってなどとする甘い世界ではない。不必要なら切り捨てられる、それが掟だ」
ゼノンの叫びは反駁というより足掻きの彩りがある。
ユリウスは小さく首を横に振る。
「ならばなおのことだ、ゼノンよ。俺たちのところへ来い。おまえこそ新しい世界を経験したほうがいい。簡単にセネカを切り捨てるような真似ができるような男でいいはずがないぞ」
「死んでも、御免蒙る。最後までアサシンで居続ける。ルゥナー!」
呼ばれて白き狼の顔が向ける。
ゼノンが手にした短剣と吹き筒を握り締める。
「もうプリムラ王女だけではない、ここにいる敵の全てを抹殺しましょう。散々煮え湯を飲まされてきたこれまでを、ここで晴らしましょう」
今すぐにでも攻撃へ移りそうだ。
暗殺団ルゥナーの首魁は命令を発した。
「今晩はこれで……撤退する」
ルゥナー! とゼノンが呼ぶ。まるで裏切られたとするような調子だ。説明は必要だった。
「我々の実力ではまともにぶつかり合う戦闘で勝機が見えない。ゼノン、おまえもよくわかっているはずだ」
しかし、とゼノンは喰い下がってくる。
白き狼ルゥナーは率いてきた暗殺者たちを見渡す。
「それに我々の意欲はすっかり削られている。体勢を整えばならない状態にある」
「けれどもこのまま連中にいいように言われっ放しなどさせられない」
「ゼノンこそ現在の心理状態で戦いに臨むほうが危険とわからないか」
首魁と配下の深刻なやり取りに参加する者がいた。
立場は反対に位置する部外者なくせにお構えなしで意見してくる。
「さすがだな、ノーズじゃないルゥナーは。冷静に現状を分析するなど指揮する者の鏡だ。そうは思わないか、ゼノンよ」
激賞してくる者は敵将のユリウスである。
思わずゼノンはうなずきそうになって慌てて止めた。経験上、これでは相手のペースに巻き込まれる。
無論ユリウスは敵の心中など構わず語り続ける。
「俺もノーズじゃなくてルゥナーと立場が同じだから、よくわかるぞ。戦うよりはな、退くほうが遥かに難しいもんだ」
あのー、とヨシツネは上げる。なんだ、とするユリウスへ訊く。
「団長が撤退命令なんか出したことありましたっけ? 団長が勝手に一人で突撃されて困ったことは数えきれないくらいありますけど」
「何を言うんだ。これは喩え、そう喩え話しだ。そこは冷静に分析しろ」
力づくは戦闘において有難い。が、会話上では困ったものだとしかならない。
味方だけでなく敵まで微妙な空気を漂わす。
ユリウスは我が道をゆく人物だが、妙に神経を使う一面を持ち合わせている。気がついたら、とする稀な条件を要するが。
「と、ともかくだ。仲良くだ。そう仲良くいくぞ」
慌てているせいか、なんだか勝手に結論づけている。
暗殺団ルゥナーにすれば、はいとはならなくて当然だ。四天の四人もそこは承知している。現時点では仕方がない。検討してくれるだけで御の字だ。
「なにが仲良くだ。馬鹿バカしい」
まるきり否定とする返事はユリウス一行にすれば想定内だ。
声の主とするところに、不意を打たれた。




