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19.漢、婚約者の新たな一面を感じる(態度を変えたせいで)

 予想はしていたが、こうもはっきり証拠が示されればショックを隠せない。


「セリカはよくやってくれていたんだ、本当に」


 悲しみを滲ませたユリウスの目は開いた帳簿へ落ちている。手にした裏帳簿が明らかな不正をつまびらかにしていた。


 プリムラとツバキだけではなく、追ってやってきたヨシツネとベルもまた事情を察した。信頼していただけに沈痛へ深く沈むユリウスに同情を禁じ得ない。

 それでも急いで追ってきた配下の二人は指摘せずにいられない。

 あのぉ団長ぉ〜、とヨシツネがちょっと言い辛そうに切りだす。


「家を任せていた人間に裏切られてしまい、お気の毒はお気の毒なんですが……」

「気は遣わなくいいぞ。このような不祥事を招いたのは俺の不徳とするところだ。帝都の屋敷へ来た早々問題に巻き込んでしまった王女とツバキにこそ申し訳なく思う」


 そう言って頭を下げるユリウスは清々しい。もし瑕瑾がなければ感動的場面へ昇華されただろう。

 あのぉ〜、と今度はベルが困ったようにこめかみをかきながらだ。


「団長の(おとこ)らしい態度に惚れ惚れしたいので、せめて下だけでも履きませんか。やっぱりそのぉー、腰巻一丁だと笑いが先立つかな」


 そ、そうだな、とユリウスが認めれば、家人二人も慌てた。すぐにツバキが下を持ってくれば、プリムラが渡す。

 ユリウスはラフな屋内用パンツの裾へ足を通しつつだ。


「それにしても、なんでわざわざ裏帳簿なんかつけておくんだ」

「支出額をきちんと把握していたほうが、むしろ露見が防げると考えたのではないでしょうか」


 差し出すプリムラの傷薬をユリウスはうなずきながら受け取った。


「そうか、そうだな。隙を見せないよう、しっかりやっていたわけか。惜しいな、まったく。方向を間違わなければ、優秀な執事としてどこでも長くやっていけただろうに」


 残念とするまま自ら胸や腹の傷へ薬を塗りだす。


「どうしたんだ、王女、ツバキ。やっぱり女性の前で晒していい姿ではないか」


 半裸のユリウスが塗布する手を止めた。

 ゆっくりプリムラは首を横に振る。


「いいえ、ユリウスさまの行動に対してではありません。なんといいますか……変わらないままでいてくれたと嬉しくは思うものの、お気持ちを思えばやはり心配といいますか」


 そうなのか、と返事するユリウスだ。言われた意味を理解していないことは明白だ。

 だからここは代わりとばかりヨシツネが訊く。


「団長、金持って逃げたあの執事のオバさん、捕まえてぶっ殺してやろうとはなりません?」

「殺しは戦場だけでたくさんだ。それにセリカも何か事情があったのかもしれん。でも盗みは良くないな、いちおう警吏に届出しておくか」


 だそうです、とヨシツネが向けた先はプリムラとツバキだ。結局ユリウスは真意の理解までは至らないが、為人(ひととなり)を見せてもらえた。ありがとう、とプリムラが微笑で返せば、珍しく四天(してん)のおちゃらけ者が赤くなってしまう。照れを隠すように慌てて言った。


「それにしても裏帳簿を見つけるなんて、スゴいですよねー。さすがは王女さんだ」

「そうだろ、王女とツバキはスゴいのだ」


 傷薬塗りたての胸をユリウスが反らした。

 団長が自慢しますかー、ときたヨシツネに、「それもそうか」と応じれば互いに笑い声を立てた。剛勇で鳴らす指揮官とお調子者の配下が上げる能天気な響きであった。

 自称は二十歳だが実年齢はもっと上だろうとされているハーフエルフの配下は笑わなかった。ちらり天井へ目を向けただけである。正体はわからなくても潜む存在に気がついている。


 実際のところ、裏帳簿の在処はニンジャたちが突き止めた。プリムラ王女とツバキに付き従ってきた者たちである。ユリウスがする自慢もあながち的外れではない。  

 事情を知らないベルは探りを入れるべきか、思案しかけたが思わぬ声に阻まれる。


 あー! とユリウスが突然だ。何か思いついたかのように叫ぶ。

 プリムラとツバキは驚いていたが、腹心の二人は慣れっこだ。


「またなんですかー、団長。いったい」


 面倒臭そうにヨシツネが尋ねている。

 訊かれた方はといえば、ぶるぶる怒りで震え出している。


「もしかして、もしかしなくてもこの残金だけでは今月の生活が大変なのではないか。持ち逃げするにも根こそぎとは。セリカめ、ぶった斬ってやる」


 冗談でなくユリウスはテーブルに立てかけていた大剣へ手を伸ばしていた。

 おいおーい、とした調子でヨシツネは手のひらで止める仕草を取りつつだ。


「なんだか許すみたいなこと言っておいて、いきなりそれはないですよ。俺がした感動を返してください」


 今度は言われた意味にユリウスは気づけた。しかし言わずにいられない。


「だがな、婚約者殿を迎え入れた矢先に生活費が困窮など、あり得んだろ。それにな、プリムラは王女なんだぞ、それがいきなり……」

「大丈夫ですわ、ユリウスさま。次のお給金までやり繰りするだけの額は残っております」


 傷だらけの上半身を晒したままユリウスは厳しい表情で向き直った。


「王女の気遣いは嬉しいが、やはり親父殿に借りよう。横領の可能性は親父殿が指摘してきたことだしな」


 ラスボーン辺境伯の城中にて、ディディエ卿がユリウスとプリムラの二人だけを呼び出した理由がこれだった。不正を察知し注意を喚起してきたくらいだから、債務の申し出があるくらい予測していそうだ。

 何よりユリウスとしては、これは自分の不始末。故国を離れて自分の元へ来てくれた女性に迷惑をかけたくない。


 大丈夫です、とプリムラが手を差し出す。どうやら塗り終わった薬の缶を回収したいらしい。ユリウスから受け取れば、にっこりしながら報告してくる。


「不幸中の幸いというべきでしょうか、お屋敷の侍女たちが一斉に暇を取りたいと申し出てきております。これで支出がかなり抑えられます」

「ならば新しい侍女を雇うべきだろう。とてもツバキだけで回せるとは……」


 途中でユリウスは言葉を呑み込んだ。

 微笑むプリムラに、妖精とする幻想世界ではない、現実の生活に立脚する確かな姿を認めた。

 もちろんユリウスは頭ではなく感覚で悟ったにすぎない。

 だがしっかり理解へ至るまで、直だった。

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