25.漢、暗殺団と対峙す1(ある意味、敵を翻弄)
慣れている者ならば天然だが、白き狼ルゥナーは昨日今日とする浅い面識だ。しかも敵に位置すれば悪意と受け取られても無理はない。
「愚弄するか、闘神ユリウス。敵の策を打ち破って、それほど得意顔になるか」
ヨシツネは言いたくなる。
この人、いつもこんな調子だから。そういうところ真面目に受け取っていると疲れるだけだぞ、と。
ただユリウスという漢は、身近にあっても予想から超えることをしばしば行う。
今回もヨシツネのフォローを受けるより先だ。いち早く我が論理を展開する。
「いかんな、ノーズよ。そういう考えが差別を生むのだ」
相変わらず名前を改めず、言い方も偉そうになっている。失礼千万と解釈されても仕方がないところだが、何やら内容は深そうだ。
「どういうことだ、闘神ユリウス。何が言いたい」
つい白き狼ルゥナーは聞く姿勢を持ってしまった。
プリムラを左腕に抱くユリウスは遠く見るような眼差しをした。
「人間だろうが亜人だろうが、同じヒト科だ。元を辿れば同じなんだ。なのになぜわざわざ上下に置きたがる。虎だって本来なら愛くるしい猫なのに無用に恐れられたりする。狼だって大きな枠では犬なのに、どうしてバカにしてるとなる」
「闘神ユリウスはそういうが、実際に人に向かって『イヌ』と呼べば蔑称の響きを伴うが現実だ」
「バカヤロウ。そこで世間の声に負けてどうする。そこは狼人のノーズだからこそ、犬も狼と同じなんだと頑張れ。差別を失くす努力とはそういうものだ」
ベルが一緒としていたアルフォンスへ顔を向ける。
「ユリウス団長のこれって、良い話しなのかな」
「余計なことを言いすぎて、すっかり肝心がぼやけているからの。悪い話しではないと思いたいのぉ」
納得とするベルの様子だった。無論、ユリウスではなくアルフォンスの言説に対してである。
闘神ユリウス、と白き狼ルゥナーが呼ぶ。
なんだかユリウスが嬉しそうに答える。
「おお、俺の話しをわかってくれたか。じゃ、仲良くなろう」
「私の名はルゥナーだ、ノーズではない。そして訊きたいことはあと一つ、どうやって建物の下敷きにならなかった。夕食に睡眠薬を仕込んでおいたはずだが」
それは自分たちも知りたい、と仲間の四天の四人も思う。
ツバキとグレイも興味津々とする目を向ける。
はっはっは! とユリウスは都中へ届けるような勢いで上げた。
「学校で習わなかったのか。地震の時は机の下に入るんだ。だがな、俺とイザークは収まりきれなくてな。どうすればいいんだ、と教官に聞いたら答えやしない。だから俺は学校が嫌いなんだ」
仲間から一斉に確認の視線を浴びたイザークは肩をすくめて見せる。真実の話しらしい。
敵側は、と言えば驚いていた。
「まさか何かの下に潜り込んで、崩れてきた建物を支えきったというのか」
白き狼ルゥナーが信じられないとしている。
無理もねーなー、とヨシツネは相手に同情的である。
ホント学校が嫌いだったんだ、とグレイの呟きは聞き留められる。
「グレイよ、誤解しないでくれ。俺は学校が嫌いだったわけではない。ただじっと机の前に座っているのが苦痛なだけだ。決して悪いところではなかったぞ」
前言と合っていないユリウスは、つまるところ敵の驚嘆は後回しとしていた。
「闘神ユリウスには睡眠薬は効かないのか、答えろっ」
白き狼ルゥナーに苛つかれても仕方がない。
効かねーんじゃねーの、とヨシツネがあっさり断じている。
ユリウスにすればこの横槍が気に入らなかったようだ。
「ヨシツネに言っておくがな、俺だって人だ。まともに睡眠薬を喰らっていたら、ぐーすかピーだ」
今晩のユリウスは乗ってるのぉ、とアルフォンスがにやつけば、ベルも笑いながらだ。姫様を抱いている時は一味違うよね、と続く。
そうだよね、とグレイもまた小さく、とても小さい声で同意していた。
グレイの傍にいたイザークが急に慌てて訊く。
「よくユリウスは食事に睡眠薬が入っていたことに気づけたな。なんでも旨いとするヤツなのに」
「俺はぜんぜん気づけなかったぞ」
「ならばどうしてわかった」
「なに、ただハットリやサイゾウがそれは旨そうに食っていたから、俺の分も分けてやったんだ。そうしたら、なんか味がおかしかったらしい。それで気づけたわけだ」
ちょっとイザークは考え込んでからだ。
「おい、それならけっこう食事は進んでいた時点ではないか?」
「ああ、だから我が婚約者の見張りで最初は寝てしまった。すぐに起きれたから良かったがな」
ユリウスが危なかったーとして語ってくるが、ヨシツネにしてみればである。
「要はほとんど効いてないってわけじゃないですか、それ」
「何を言う。睡眠薬が大したことがなかったとも考えられるだろ」
ユリウスもあまり効果がなかった点は認めているらしい。
結局は計画側の失策となれば、暗殺団の首魁が黙っていられない。
「我々の失敗は認めよう。ならば命を賭してもここで依頼を果たす」
白き狼ルゥナーの決意が黒づくめの暗殺者たちに武器を構えさせる。
「団長に、ニンジャの三人も加わったオレたちだぜ。勝ち目はあるつもりかよ」
ヨシツネはうそぶいているつもりなどない。
白き狼ルゥナーもこけ威しなどと取っていない。だが退く気はさらさらない。
死闘が開始されようとしていた。