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21.漢たち、港街の夜2(敵の誤解が腹立たしい二人です)

 今晩の月は丸いうえに明るい。


 なるほどな、とヨシツネは長剣を片手に得心した。


「月の状態によって力が変わるってのは、ホントだったか」


 屋根の棟に立てば、視線の先には大きな四つ脚の獣がいる。

 白い狼だった。

 雪の国で対峙した際より明らかに巨大化している。気のせいかもしれないが、毛並みの艶もいい。全身が輝いているようだ。


 ちょっとヤバいか、とヨシツネが剣を握り直し口の中で呟く。

 姿が人外であれば実力の見当がまったくつかない。大虎でさえ腰が引けるのに、さらに巨大で獰猛そうとくる。

 しかも背後だけではない、周囲の屋根に大勢の人影がある。

 黒づくめとする格好であれば、暗殺団ルゥナーに相違ない。


 背中合わせとしたツバキと共に、すっかり包囲されていた。


 くくく、と可笑しくてたまらないとしている。人ならば嫌な感じだが、狼からとなれば不気味この上ない。

 ただヨシツネは内心がどうであろうとも不敵な態度を取れる者である。


「なんだ、ずばり的中か。でも可愛いおねぇちゃんならともかく、獣なんかの気持ちがわかったって仕方ねーからなぁ。嬉しくともなんともねー」


 屋根の棟端で四つ脚を揃える白い狼が黒曜石のような目に光らせる。とても冷え切った眼差しを向けてくる。


「獣とくるか……人間ならば、そう口にしてもおかしくない」

「そんな姿してたら当たり前だろ。どうせなら昼間の姿で来いよ。あれならお互い人だな、と言うからよ」

「まるで人の時を知っているような口振りだな」


 白き狼ルゥナーは嘲りを含ませたが、次の瞬間に消すこととなる。


「うちの団長、最初の対面でわかってたみたいだぜ。ノーズが白い狼だって」


 ぽんぽんっとヨシツネは手にした長剣で自らの肩を叩いた。

 狼ゆえに表情はわからずとも、驚愕は様子から充分に伝わってくる。


「なぜ、わかる。人間とする姿は我が団員ですら一部の者しか知らない。知った者は我が暗殺団を離れたら例外なく生きてない」

「おたく甘いねー。オレらの団長、ユリウス・ラスボーンは人間やめているようなもんなんだぜ」


 もったいぶった言い方がむしろ白い狼ルゥナーを落ち着かせてしまったか。


「そうだった。闘神(とうしん)と呼ばれるだけの凄まじい身体能力があった。だから我々は追い詰められてしまったのだったな」


 こいつ、とヨシツネは舌打ちする思いだ。もっと感情的になってくれたほうがこちらとしては助かった。すっかり冷静になられては隙も何も有りやしない。暗殺団の首魁をこなしているだけはある。


「そういうことだから、尻尾巻いて帰んな。森での襲撃もオレらを油断させるためでやったんだろうけど、あいにくうちらは油断と緊張の境目なんかないような集まりなんでな。どんな時に襲ってこようと、いつだって結果は変わらねーぞ」

「確かにな。ルゥナーと正体を知って闘神は我が馬車を止めた。誘き寄せるつもりが先方からわざわざやってきてくれて有難い限りだと思った時点で足元をすくわれていたわけか」 

「いや。あそこは何も考えずに飛び出したみたいだぜ。なにせ、うちの団長だからな」


 ちょっとヨシツネはバツが悪そうに言う。


 ふふふ、と白き狼の口から人のものとする笑いがもれてくる。

 絵面的にもそうだが、ここで余裕を響かせてこられれば不気味だ。

 ツバキ、気をつけろ、とヨシツネは背中越しへ注意を促したくらいである。そちらこそですわ、と返ってくれば少し気分は持ち直す。敵の姿と様子にへたっている場合ではない。


「おまえのほうも、うちの団長が普通じゃないの、わかっただろ」

「ああ、まさかそこまで鼻が効くとは、人間のそれではない」


 なんでそれが……、とヨシツネは応じたところで自分が引っかかったのに気づく。

 やはりそうだったか、と返ってきたからである。

 敵にすれば気がかりが解ければ、もはやぐずぐずする理由はない。


「まずおまえたちから血祭りに上げさせてもらおう」

「おいおい、オレたちがそう簡単にやられるわけねーだろ。他も騒ぎになれば気づいてやってくる。おまえたちにとって怖〜いユリウス・ラスボーンが駆けつけてくるぜ」

「我々も対策を打っている。食事に睡眠薬を盛った。広く仕掛けては気づかれる可能性があるから、闘神に絞った。彼は豪放な性格ゆえ、多少おかしな味でも気にしないだろう」


 ついヨシツネは顔をしかめてしまう。

 プリムラのそばでユリウスがいびきをかいているとツバキから聞いたばかりだ。今回の作戦には脱帽である。だがピンチの時こそ、四天(してん)の剣は口許が緩む。


「じゃ、しゃーねー。オレたちで始末といくか。言っとくけど、団長がいない時は容赦しないぜ」


 気をつけろ、と黒づくめの一人が挙げた。聞いたことがある声だ。ゼノンと呼ばれていた者だと当てがつく。


「この二人、とんでもなく息ぴったりな動きをしてくるぞ。きっと夫婦だ。気をつけろ」


 はぁああああ? とヨシツネ及びツバキは大きく挙げてくる。


「おまえ、息が合ってるくらいならまだしも余計なことまで言ってんじゃねー」

「なんですの、その事実無根な決めつけは。下衆ですわ」


 怒りの二人組に対し、白き狼はとても合点したように言う。


「叫び際の揃い方といい、まさにゼノンの報告通りなようだ。下手にじっくり攻めるなどしたら却って危険だ。ここは力押しが最善だろう」


 そう言うや否や、白き狼が飛ぶ。月光に照らし出された姿は荘厳の趣さえある。

 けれども前脚から振り下ろされてきた爪は死の顎と同様だ。


 くっとうめくヨシツネの足下へ、血がぽたぽた落ち始めていた。

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