19.漢、目的地へ到着す4(宿でお披露目会・下)
ともかくうざいに尽きた。
「わかっただろう。私の目に狂いはなかった。素直に過ちと認めれば、今なら許せる気分にある」
鼻息も荒くにこられて、ベルとヨシツネは顔を見合わす。
これがユリウス団長なら、しょうがない。我らの智略とする副長だから不安になるし、何よりむかつく。
「イザークさー、別に僕たちは許してもらいたいことなんてないんだけど」
「そうそう。悪い意味で変なところで副長、団長を超えてますよ」
両腕を広げてベルは呆れ、勘弁してくれよとヨシツネが頭をかいている。
悪いと変をかけるなんて上手いぞ、とユリウスが当事者意識ないまま挙げてくる。
ふふふ、とイザークがやたら余裕を見せつけてくる。不敵と解釈も可能だが、やはりここは気持ち悪いが妥当のように思える。言われて当然な態度だった。
けなされてもおかしくない。
だがイザークに厳しい言葉を投げる担当者は現在、頬を染めていた。
黄色いドレスに身を包み、薄く化粧もしている。
美女揃いの舞踏会に参加しても特別に目を惹きそうな秀麗さである。況してや普段の男子然とした姿を見慣れていれば衝撃が強い。びっくりだよ、と長年の付き合いのベルがもらしたくらいである。
「私は一目でわかっていたぞ。皆が男の子だと言っているなかで、最初から美少女だと見抜いていたからな」
ずいぶん鼻高々なイザークである。だが実際にその通りだから、「はいはい」とヨシツネなどは往なす。もっと気合いを入れて褒めたらどうだ、となおしつこく求めてくれば「団長はどうですか」と逃げを打つ。
「素晴らしい、俺は感動している」
最大級の賛辞が送られてきた。
ユリウスに女性絡みの話題を振る際は、頓珍漢を警戒しなければならない。本人には悪気がないとする論説を駆使するところは天才的ですらある。所謂ヨシツネが言う、良くも悪くも相手の気持ちを無視できる。
今回はこれ以上になく素直な褒め言葉だ。本心と取って良さそうだ。
グレイは顔を全身まで及ばせていそうなほど赤く染めている。それでも返答せずにいられなかったのだろう。
「あ、ありがとう。ユリウスにそんなふうに言ってもらえるなんて……笑われもおかしくないと思ってから……」
「笑うわけないだろう。特にその色はいいな。お日様みたいのがいい」
親指を立てていそうなイザークがご機嫌なまま、ユリウスの肩へ手を置く。
「グレイは妃としてもおかしくない魅力が備わっていることはこれで充分に証明できたと思う」
「まったくだ。キキョウといい、普段では見られない素敵な姿に感激だ。おかげで我が婚約者の登場が楽しみで仕方なくなっているぞ」
おい、といつになくイザークの呼ぶ声が低い。
どうした、イザーク? と応じたユリウスだけでなく周囲の者たちも不審を抱く。
「ユリウス。もう少し……今はグレイに集中しないか。確かに……」
「そうだね。ユリウスのお姫様を待たせちゃいけないよ。ボクだって早く見たい」
黄色いドレスのグレイがイザークの声をかき消した。
「そうか、女子のグレイもそう思うか。きっと我が婚約者は凄いぞ」
嬉しそうなユリウスに、うんうんとグレイがうなずいている。
少しだけ雰囲気が濁りだす。
イザークに限らず、グレイの心境を何となく察せられた者が他にもいた。
絶妙なタイミングでプリムラが登場してくれて良かった。
わたくし、行きます! と突撃するみたいな合図がドアの向こうから聞こえてくる。
待っていたぞ! とユリウスも期待そのもので返す。
ほっとした空気が部屋に流れた。
じゃーんと鳴っていそうな勢いある姿の現し方だった。
どうです? と笑みで溢れたプリムラが身をくねらせる。
鑑賞者側になんとも微妙とする顔を並ばせていく。
着用してきた服は詰襟で身体に吸い付くようなドレスである。真っ赤な色なれば派手さが極まる。裾の左側に施された深い切れ目が脚を露出させている。異世界人のセネカならチャイナドレスと呼んだだろう。
むふふふ、とプリムラがユリウスの前で生足を見せつける。悩殺ポーズを取ってきた。
はははと困ったように笑うベルはメイド服の侍女へ小さな声で訊く。
「あれ、ツバキも一緒になって選んだの」
「もちろん私は反対しましたわ。ボディラインを強調するようなドレス、姫様に無理ですもの。己を知らないにも程がありますわ」
「やっぱり反対するよね」
「けれども姫様いわく、旅先がいつにない気分を生むものだから、男性が手を出したくなる格好にしたいと申します。涙ぐましい限りではございませんか。強くは出られません」
おいおい、とヨシツネが割り込んできた。
「でもよぉ、あれ。姫さんをますます子供っぽくしてないか」
プリムラは似合わないというより、あまりにイメージからかけ離れてしまったせいか。不謹慎とされそうな大人のドレスが、子供の衣装へ堕ちている。お披露目だと張り切れば張り切るほど、お父さん見て見てとする幼児の愛くるしさへ結びついていく。
見る者に魅惑よりも微笑みが浮かんでしまう。
何だか泣けてきましたわ、とツバキなど目許へわざとらしく手巾を押し当てる始末だ。
さらに悪いことに誘惑したかった人物の反応ときたらである。
「いかんぞ。我が婚約者よ、俺はいかんことに気づいてしまったぞ」
ユリウスが憤然としていた。
周囲にある者はプリムラが厳しい批評に泣きださないか、心配になっていた。