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18.漢、目的地へ到着す3(宿でお披露目会・上)

 まぁまぁ仲良くしようではないか、とユリウスは割って入っていく。

 宿屋の一室で新しい服のお披露目会において、ニンジャ同士が諍いを始めたからだ。


「ハットリも買ってもらえばいいのに。着たら、すっごく似合いそう。女の子みたいに」


 嫌味たっぷりなキキョウである。

 かっとなったハットリだが、そこは忍びの者として訓練を受けてきた。挑発と判断すれば感情の操作など可能だ。


「わざわざ恥ずかしくなるような格好なんかしないよ、キキョウじゃあるまいし」


 内容のわりに冷静な口調が修復の難しさを匂わせてくる。


 なによ、とキキョウが反駁しかけた。

 だがここにはユリウスがいる。


「なんだと! ハットリも着たかったのか。遠慮する必要なんかないぞ。今日は遅いから明日になるが、キキョウと同じヤツを買ってやろう」


 こちらにはハットリでも落ち着き払っていられない。


「なんで、そうなるんだよ!」

「わかっているぞ。キキョウの着ている服、ずいぶん良いものではないか。この模様は……なんと言うんだ」


 千鳥格子(ちどりごうし)、とキキョウが教える。


「そうそう、それだ。これがまたキキョウにとてもよく似合う。見事な選択だ、さすがだぞ」

「これ、ベルのお兄さんが買ってくれたの」


 黒と鳶色(とびいろ)で織りなす輪郭をずらした模様が忍び姿を忘れさせるほどキキョウによく合っている。

 名前を呼ばれた耳長の青年がにこやかに歩んでくる。こちらはどこにでもある単色の平服だ。


「ここで改めて見たら、選んでいた時より似合うのがわかるよ。でもキキョウちゃん、これだけで良かったのかな。僕と別にイザークが用意はしていた分があったから、もう一着買えたよ」

「いい、これだけでいいの」


 必死とするくらいキキョウが訴えてくる。

 そっか、とこめかみをかくベルも嬉しそうだ。

 外からでは入り込めない、ほんわかした空気に包まれていた。


 けっ、とハットリが吐き捨てた。

 不幸だったことは、傍にユリウスがいる。聞き逃さなければ口に出す。


「なんだ、ハットリ。そんなにあの服が気に入っていたのか」

「違うよ。ていうか、なんでユリウスはそんなに服にこだわるんだよ」

「いやなに、以前の婚約者たちにな。服を贈っても、いずれもが微妙な感じだったんだ。三人目には、品が無さすぎと突き返されたものだぞ」


 思いもかけず出た辛い逸話に、ハットリは神妙になる。「それで?」といくらでも聞くよとした優しい姿勢を見せる。相手はかなり年少であろうともユリウスが甘えないわけがない。


「それなりに値が張ったものにしたんだがな。俺の感覚はちょっとどころかかなりズレているらしい。だから服は、特に女性ものに関しては相手の意向を何よりとすることにした。ところが、どうだ!」


 あれ? とハットリはなる。なんだかユリウスが熱り立っている。怒っていた自分をなだめに来たはずが、なにやら両手を握り締め悔しそうにしている。どうしたんだよ? と気を遣うように訊いてみた。


「たらしのヨシツネや男女関係ないイザークならともかく、ベルまでどういうことだ。服選びが駄目なのは、俺だけではないか」


 広めの一室とはいえ、所詮は宿泊所である。ユリウスの声ならば部屋の隅々まで響き渡る。皆の耳に届く。

 どさくさで悪い意味で名前を出された両人からは文句が出た。

 ユリウスは気にしすぎだ、とサイゾウが冷静な意見を飛ばしてくる。

 名前が出された残る一人は微笑をもって答える。


「ユリウス団長。僕はただキキョウちゃんが熱心に見ていた服にしただけだよ」

「そうか、そうなのか。ベルはヨシツネやイザークとは違うんだな」

「というか、ユリウス団長も相手に選んでもらえば良かったのに」

「そうだ、ベルの言う通りだ。俺は我が婚約者に望まれた物以外は買わないとするぞ」


 ユリウスは再び両手を握り締めた。ちなみにイザークとヨシツネの二人による抗議は無視である。

 ははは、とベルは軽く笑ってからだ。


「でも前の三人と違って姫様なら、ユリウス団長からの贈り物というだけで喜ぶはずさ。だから買わないとする考えは捨てたほうがいいよ。それよりハットリくん」


 ベルの視線が隣りへずれた。

 向けられたハットリは身構えてしまう。相変わらずの笑みだが、ユリウスへ向けたものとは明らかに別だ。


「キキョウちゃんが新しい服に喜んでいるのに、なんで不服なの?」

「そ、そんなのらしくないからだよ。こんなことで嬉しそうにするなんて、初めて見たからびっくりしたんだよ」


 言ってからハットリは後悔した。本心を口にするなど、余計な真似を仕出かしてしまった。

 相手は微笑みを崩さない。けれども前のものと違うもののような気がする。裏がなくなった、心からの笑みに見える。


 実際にベルは懐かしむような目をした。


「その気持ち、僕もわかるよ。今まで当たり前だった人がいきなり知らない顔や信じられない行動を取ってきたら、そうそう平静なんかでいられないよね」


 ベルのお兄さん……、とキキョウが小さく呟いている。

 ハットリは返事をしなかったが、まいったと言いたげに頭をかいている。

 関係は良好へ転じていたが、ユリウスは無粋だ。


「なんだか辛い想いをしたんだな、ベル。いいぞ、言え。俺がおまえの話しを聞いてやる」


 別にいいよ、とベルは即時に拒否していた。

 なおも喰い下がろうとしたユリウスだが、新たな登場に気が奪われた。

 黄色いドレス姿に、この場にいる誰もが唸っていた。

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