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16.漢、目的地へ到着す1(連れてきていただいたお礼はします)

 沈みかけの太陽が水平線を夢幻の輝きを放っている。海原は浪漫の香りを視認にて嗅がせてくる。


 ステキ……、と幌の合間から顔を出したプリムラは感激している。

 顔を並べるツバキもうっすらながらも高揚を窺わせる。


 おお、とユリウスもまた発した。だが婚約者とは原因が別だ。感動をぶち壊す類いと言ってもいい。


「なんだなんだ、変な島が見えるぞ」


 変なですか、と横で手綱を握るノーズが笑っている。

 叱責に近い声がプリムラたちの後ろから届けられてきた。


「オーク大陸だ。地理の講義で習っただろう。試験で必ず出てくる重要な知識だ」


 イザークが学友であった経歴の披露に対し、はっはっは! と高笑いが返ってきた。


「俺は牢屋よりも教室で机の前に座っているほうが苦痛な男だぞ。特に覚えさせられるだけの講義など遥か彼方に飛んでいる」

「そのくせ居眠りなどせず、きちんと聞いているのだから、変わったヤツだった」

「当たり前だ。教官は準備して教えにきてくれているんだ。憶える気がなくても、ちゃんと聞かなくて、どうする」

「だから私は変わっていると言っているんだっ」


 けっこう真剣にやり合っている。少なくともイザークのほうは間違いなく熱かった。

 そうなのですか、とプリムラは婚約者の逸話に侍女と一緒になって興味深いとしている。

 愉快な方ですね、とノーズなど本音がもれだしている。


 がたがた馬車が走るなか、「おお、思い出したぞ」とユリウスが頓狂に切り出した。


「確か、人が住んでいるんだよな」

「そんな知識で思い出したなどと、よく言えるな」

「あそこにはどんな連中が住んでいるんだ?」


 話しを聞いているのか? と尋ねたくなるようなユリウスの質問が繰り出される。


 もっともイザークだから多少の不満を端々に覗かせながら、講義の再現を始める。

 自分らが住まうメギスティア大陸は激しい海流によって囲まれている。海岸に近接したごく一部の海域を除いて、海は人を底まで呑み込む。百メートルも出れば、船舶の操舵が無効化するほど流れは強い。

 自然の力の前に鎖国ならぬ鎖大陸となっていた。


「それでよくあっちに人がいること、わかったな」


 まさに出来が悪い生徒のユリウスに、イザークはずっと付き合ってきた。


「百年の単位で海流は弱まり渡航可能な時期が短いとはいえ訪れる。そこは赤線を引けと言われていたはずだ。やってなかったのか」

「引いたのは憶えているぞ。俺はちゃんと講義を聞いているからな」

「記憶すべきところを間違えているぞ、それは」


 隣りのノーズは「ははは……」と乾いた笑いしか出てこない。


 プリムラと言えば、にこにこである。知らなかったユリウスの過去を聞けて何よりも嬉しいとしている。夕焼けよる海の絶景よりも興味は婚約者へ向かうようである。


 馬車の車輪音が落ち着き出した。

 長らく続いた土道から舗装路へ乗り上げたからである。

 魚人族が住まうムートの都マルコはもう間近だった。



  ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※



 ユリウス一行が馬車に乗せてもらう条件は護衛と積荷を降ろす手伝いだった。前者において力を発揮する機会は訪れなかったが、後者では大いに役立った。


 同乗させてもらった三台の馬車は衣料を積んでいた。量としてはかなりある。運搬を第一に置いたため、ノーズを含め人数は馬車の台数分だけしかいない。

 納入先は都一とされる服飾店だ。裏手にある倉庫へ下ろす手間は相当かかる。店舗に頼めば、それ相応の料金が発生する。


「おかげで無事に納期を間に合っただけでなく、金額もかけずに手早く終えられました」


 商人の顔を覗かせながらノーズがお礼を述べてくる。


 はっはっは! とユリウスは胸をそらす。


「こちらこそ礼を言いたいくらいだ。我が婚約者と一緒に作業など幸せ以外のなにものでもなかったぞ」


 当初は男性勢のみで行うつもりだった。けれども衣料だけに重さはさほどでない。プリムラも手伝うと言い出した。遠慮はしたものの本人の意志は固く、結局はユリウスと並んで、えっちらおっちらと運ぶ。姫様、とすぐ後ろでツバキも箱を両手に付いていく。


 十名が総出で手を貸せば、疲れを覚える者はいない。

 ユリウスなどはご機嫌とくる。

 しかもノーズが宿まで紹介とくる。商売上、都マルコは何度も訪れており、融通が利く先はあるそうだ。


「ただし商人の多くが利用するような場所なので、質素な点はご容赦ください」

「なにを言う、ノーズよ。泊まれる所があるだけで大助かりだ。それに俺なんかは野宿で生きてきたようなものだぞ」

「そうなのですか。私からしますと、キコリ様は実のところ高貴な身分にある方なのではとお見受けしておりますが」


 さりげなく、もしそうだったら重要事となる探りを入れてきた。


「俺なんぞが高貴なわけないぞ。単なる放浪の木こりだ」


 そうユリウスは言って、いつもながらの豪快さで笑い飛ばす。


 ユリウスの言動には耳をそば立てるイザークだから、一瞬であったものの神経が尖る。商人は情報も金銭に換える。実際に買ったことがある。

 それにしてもユリウスのどこをどう取れば高貴などと出てくるのか、と疑ったところで思い至る。そう言えば喋り方が偉そうだった。どこぞの皇王が態度は王そのものと評していたことを思い出せば、ノーズの勘ぐりはむしろ当然なのかもしれない。


 手間がかかるものだ、とイザークはごちる。が、意識を持っていかれる事柄が目に止まった。


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