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15.漢、目的地を直前とする3(訪れたい理由、それは……)

 馬車の一団が森を抜ければ、遠くの空は茜色を忍ばせ始めていた。


「本当に助かったぞ、ノーズよ。礼を言う」


 手綱を握る横の御者へ、ユリウスは邪気のない顔を向ける。言い方は偉そうなだけに滲む人柄の良さで埋めなければ悪印象を与えそうだ。いや相手はただ表に出さないだけで腹のうちでは、どう思われているかわからない。


 内心ひやひやのイザークは幌を被せた荷台から耳を澄ます。


 連なって走る三台の馬車にユリウス一行は分散して乗車した。


 イザークとしては出来れば対話を引き受けたい。ユリウスは良い奴だが、誤解も生みやすい。特に初対面においては人を選ぶ。


 ところが行商隊の頭領であるノーズとすっかり意気投合したか。なんだか話しが弾んでいる。乗せてもらえるよう交渉が成立した後も業者台で肩を並べている。だからこそイザークは気が抜けない。どこかでぼろを出す前提でフォローすべく待機する。


 現在のイザークは夢中すぎて己が見えていない。

 ははは、とプリムラは困惑に満ちた苦笑をもらすほどの必死さだった。


 もう一人の同乗者である侍女のツバキはため息を吐いていた。普段なら冷淡な批評をしていそうだが、森の国から出立して以来どうも本来と違う。プリムラは心配になって声をかけるが、戻ってくる返事は決まっている。


「ツバキは全然変わっておりません。姫様の心を煩わせる真似はもう二度としません」


 余計に心配なってくるが、御者台から豪快に響いてくる声へ意識は奪われる。


「凄いではないか、ノーズよ。御者だけで山中を突っ切るような危険を冒してでも商品を届けようとする心意気。まさに四方を囲んだ敵兵の頭上を飛び越える身軽な女好きの騎兵みたいではないか」


 言いたいことはわかるが、仲間うちからすれば微妙とする喩えを使っている。

 聞き手はさすがやり手の商人らしく、余計な詮索もせず自分に関した点だけを答える。


「ここのところ商売が上手くいっておりませんので。しかもそういう時に限ってお得意様の納期が差し迫ってしまい、取りも直さず向かったわけです。幸いにも野盗類いには出会さず、途中までかなり順調にこられましたが……」

「なんか面倒が起きたか」

「倒れた樹が道を塞いでおりましてね。なにか火災の後もありますし。我々に何かあったわけではありませんが、肝の冷えるような光景に少し時間を取られました」

「そうか。でも何もなくて良かったな」

「そうですね。道に倒れた樹をどけるのが厄介ではありましたが」

「道に木を倒しておきながら放っぽり出していくなんて、なんて迷惑だ。片付けくらいしていって欲しいものだぞ」


 バツが悪くて素っ惚けているならともかく、本気で言っているならそれはそれで問題な気がしないでもない。もう心配でイザークは片時も聞き耳が外せない。


 プリムラはとても可笑しそうに口を押さえている。


 ところでノーズよ、とユリウスが呼びかける。口調といい、態度といい、とても素浪人ではない。


「もし、もしだ。道中で野盗に襲われたらどうするつもりだった。三人だけでどうするつもりだったんだ」

「だから三台としました」

「つまりそれは、あれか。いざとなったら一台が犠牲になるというわけか」

「予定の荷物量でなくても到着すれば、期待に添えずとも深刻な信頼の失い方は致しません。例え残るが一台だけとなっても、依頼先に届けるが第一です」


 おおぉー、とユリウスが感嘆を挙げている。


 キコリ様は、と今度はノーズが誤解から生まれた名前を呼ぶ。さんから様付けへ変わったのは、ユリウスの話し方に呑まれたか。


「どうして魚人(ぎょじん)族の長と話したいのでしょうか。都へ入っても、なかなか難しいと思われますよ」


 理由かー、とユリウスは両腕を胸の前で組んだ。


「キコリ様。口にし難いことなら無理にとは申しません。人にはそれぞれ事情があります」

「すまんすまん。訊かれてみれば、なんだか大したことではないな、と気がついたわけだ」

「そうなのですか」

「ああ。なにせ仲良くなりたいだけの話しだからな」


 馬車が道を走る音だけとする間が三拍ほど置かれた。


 ユリウス様、とノーズがいっそう静かにした声で訊く。


「本気でそのようなことをお考えなのですか」

「別に大したことではないぞ」

「大したことです、それは」


 それからまた間を開けた後に、ノーズは続ける。


「亜人と人間ですよ。交われば悲劇を生みかねない両者が良好な関係を結ぶなど、海流に逆らって他の大陸へ行くより困難です」

「確かに難しいだろう。だが亜人同士でも人間同士でも上手くいかないことが多いのだから、亜人と人間の間でも大変さは変わらないだろ。ならばやってみるしかない」

「ですが、現在はいつになく難しい状況です。ムート部族が国を名乗りだしてから、周囲との関係性が微妙になっている情報は得ていますか」

「グネルスと揉め、ドラゴ部族に対する仕打ちは知っている。だがそれでも俺は魚人族の連中と仲良くやりたいと思っている」


 ユリウスの声は当然とするなかに決心もまた覗かせていた。


 ノーズからそれに対する反応はない。

 代わりというわけでもないだろうが、荷台へ声をかけてくる。

 特にプリムラとツバキにだろう。

 外を見てみませんか、と誘う。


 誘われるままにプリムラとツバキは御者台の方へ顔を出せば、歓呼せずにいられなかった。

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