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14.漢、目的地を直前とする2(せっかくの設定が無視される)

 馬車の一団が走ってくる。


 騎兵や傭兵を乗せていたら、武勇を轟かすユリウスたちである。世間一般においては名前しか知られていなくても、一度でも戦場で相まみえていれば敵味方関係なく記憶に刻まれる。

 せめて全亜人(あじん)と良好な関係性を結ぶまで、失踪の状況としていたい。ロマニア帝国の中枢は多少の探知しているかもしれない。だが確証までいかなければ表立っての動きは難しい、とイザークは踏んでいる。


 帝国の雄として誉れ高いユリウス・ラスボーン。かの人物が叛旗に等しい行動を取る理由が明らかにされたらまずいとする者たちは多くいる。帝国の要人とするほとんどが行方不明とする現況を好都合にしているだろう。

 まだ表沙汰にしたくない悪事によってユリウスたちが見逃されている側面はある。


 ならば状況を利用して密やかに態勢を整えていこう。


 いろいろな条件を鑑みてイザークは、慎重が第一と草葉へ身を潜めていた。


「おお、なんだ。行商人の馬車ではないか」


 ユリウスが良かった良かったとしている。


 声が大きいぞ、とイザークが注意するより先だ。


 がさっと草木を鳴らしてユリウスが立ち上がっている。

 おおーい、と馬車の一群へ向かって手を振っている。


 こいつは……、とイザークは額へ手を当てうずくまってしまう。いつもながらとはいえ、こうもあっさり目論みを崩すのか。救いがあるとしたら、賛同してくれる者が少なからずいたことだ。


「団長、そこ、いきますか」とヨシツネが、「これじゃ隠れた意味ないんだけど」とベルも困ったもんだとしている。ふぉっほっほ、とアルフォンスは笑っている。三人のいずれも各々の武器へ手を伸ばしていた。


「ユリウス。本当の商人かどうかわからないから気をつけてよ」


 グレイの注意喚起に、おぅとユリウスは明快に響かせる。まったくぅー、と小さく呟く横顔をプリムラとツバキにキキョウがじっと眺めている。三人揃って何かを得心した顔つきをしていた。


 街道樹を震わすみたいな馬のいななきがした。

 先頭を走る馬車の御者が少々強引に手綱を引いていた。

 急停止の具合で後続の馬車も続く。


「すまん、すまん。驚かせてしまったか」


 のっしのっしとユリウスは先頭の馬車へ近づいていく。


「正直に申せば、かなりです」


 にこやかに答える御者は二十代半ばくらいだろうか。ユリウスと同世代の青年に見受けられる。白い肌の面長に、いかにも商人とする愛想が湛えられている。表情に作り物とする印象が拭えないものの、嫌味は感じない。色とりどりとする派手な服装を自分に馴染ませたセンスは素晴らしい。

    

 はっはっは! とユリウスは笑ってから「すまんな」と御者の前へ立つ。


 まだプリムラやニンジャに四天(してん)の四人は草陰に身を隠している。


 グレイだけが姿を出している。

 相手に一人を確認させたことで、他の存在が逸らされる効果を期待する。

 そうイザークは考えて、取り敢えず事態を眺めるだけとした。

 今回はつくづく思惑を引っくり返されると、再び頭を抱えるまで時間はかからない。


「いきなり呼び止めて悪かった。俺は放浪の木こりだ」


 ユリウスの自己紹介からして、おい! とイザークは叫びたくなる。

 身分を伏せるために、せっかく用意した偽名はどこへやらである。出立前にあれほど確認したのに、結局は思いつくままである。名前すら述べず、怪しいにも程がある。


 しかしながらこれが功を奏すから、交渉術の奥は深い。


「キコリさんですか。私はノーズ。見ての通り、行商を生業としております」


 職業名が名前へ変換されている。しかも『放浪』とする前段が好都合な誤解を呼ぶ。


「この頃は傭兵の蛮行が横行してますから。土地を追われる者も多いと聞きます。山間部を歩く際は武器の携帯は必須ですしね」


 ユリウスが背中に大剣を背負う理由まで見つけてくれる。

 有り難いとイザークは思う一方で、なんだか一所懸命に設定を練ったことが虚しくなる。

 しかもユリウスがこれだけで止まらない。


「すまないが俺たちを乗せて関所を突破してくれ。ムートの都へ行きたいんだが、さっき断られた」


 これでわかりました、と返事する者はいない。


「どういった理由で関所の通過を断られたのでしょうか」


 ごく真っ当な質問が為されてくる。ノーズという人物が商人で良かった。初対面を重要とする生業である。相手の不躾な言動に聞く耳を持たなくなってもおかしくない。


「誠意だ、誠意が通用しなかった。それどころか怪しいヤツとまで言われてしまったぞ」


 はっはっは! とユリウスは高笑いまで付け加える。

 関所の番人の判断は正しいとする姿を見せていた。


 これは駄目だ、とイザークを筆頭に仲間の誰もが思う。


 ところがノーズから快諾の返事が聞こえてきた。

 不可思議はすぐに警戒へ変わる。不自然な承諾は、何かの企みを予感させる。


「ただし、条件があります」


 ノーズが提案してきたことで、むしろイザークたちに納得を与え検討の余地を生んだ。


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