8.漢、出立早々に襲撃される3(暗殺者だと改めて思う)
追い詰めるはずが追い詰められていた。
過去の対戦から練り出した作戦である。微細な物音も逃さないハーフエルフがいれば、じっと息を詰めて長時間の待機とした。直接の激突では敵わなければ距離を置いた攻撃方法を選んだ。
今度こそと期したゼノンだが、今や逃亡さえ阻まれた。
圧倒的な相手に訊きたいことがあると迫られた。応じるほかない。
「セネカがどうした。死んだ人間のことなど確かめて、どうする」
ユリウスが足を止めた。用心で間を開けたか。ただし右手のすぐそばに大樹がある。相手に逃亡の気配があれば大剣を振るうだろう。いともたやすく行う倒木に、今度こそ下敷きとなるかもしれない。
ゼノンよ、とユリウスに呼ばれれば、神経は張り詰めている。「なんだ」と即応した。
「どうしてセネカを殺すとした。アサシンに仲間も何もないとしても、いきなり裏切るとは酷いぞ」
「役に立たなくなかったからだ。期待した新たな知識はこちらで実現不能なものばかりだったし、本人はやたら前へ出たがっていた。挙句に功を焦って闘神の情報を正確に伝えないまま再び襲撃して返り討ちにあい、多くを失うに至った。責任の取り方は命しかない」
ふぅー、とユリウスが肩を落としていれば、吐くのは嘆息か。
「確かにセネカは致命的な失敗を犯したかもしれん。だが背を向けたところへ刃を突き立てるような不意打ちは感心できないぞ」
「あの洞窟で失敗だったら、セネカは処分と決まっていた。どうせ異世界から来たような輩だ。いなくなろうと誰が悲しむわけでもない」
ぴくり、ユリウスの片眉が上がる。やや目端にも険が宿る。
「やっぱりオマエはアサシンなのだな。俺からすればどこから来ようが人に違いないが」
「闘神に教えてやろう。異世界人は概して本来いた世界の知識や技術で自分勝手な生活を送ろうとやってくる。基本的に信用へ値しないと連中だ」
「どうしてゼノンがそれを知っている」
「どの国でも依頼さえあれば付き合う暗殺団だからな。裏ばかりを覗く我らであれば、正規とする立場では見られないものを目の当たりにする。そう例えば、帝国に巣食う異世界人とかな」
なんだと……、とユリウスの声は普段になく低い。さすがに動揺を来している。
わずかな隙をゼノンら暗殺団の面々は見逃さない。
ばっと周囲が朱く照らされる。
焼かれる音と煙りが炎の出現を教える。
みるみるうちに広がっていく。
放っておけば大火へ発展し、森一帯を焼き尽くすだろう。
敵よりも消火を第一にしなければならなかった。
イザークとヨシツネにベル、そしてグレイが慌ててやってくる。火へ広げた布を叩きつけるか、もしくは被せていく。
樹の上からキキョウとサイゾウも降りてきた。敵に構っている場合ではない。ハットリが手にする布の端を掴み、消火作業へ当たり出す。
ユリウスといえば、怒りに震えていた。ぎゅっと左手を握り締め、逃亡へ入ったゼノンへ向けて咆哮する。
「森に火を放つなど、禁忌だとわかっているだろう。絶対にしてはならんことだ。なのに……そこまで卑怯な策を使うのか」
「我らはアサシン。目的のためならば、どんな卑劣な手段も辞さない、諦めも悪い。だから覚悟しておくがいい」
煙の向こうから捨て台詞と片付けられない声が返ってくる。
今回もまたユリウス一行は暗殺団ルゥナーを退けた。
だがこれまでと違い、喜ぶだけとなれない結果だった。
さらにベルが鎮火に追われなければ捉えられたかもしれない声もあった。
実はまだ大樹の枝葉に一人の青年が身を隠していた。
華やかなグネルスの皇都で出歩くに相応しいお洒落している。
容貌は異性だけでなく同性からも綺麗と称されそうな作りだ。
特に切れ長な目が印象的で、見つめられたら色気にやられそうだ。
もしくは抉るような冷酷さを感じ、悪寒を背に走らせるかもしれない。
簡単には人柄を見分けさせない美青年が笑みと共にもらす。
よくやりました、と。
ユリウスらの旅は知らぬ所で波乱を予感させていた。