7.漢、出立早々に襲撃される2(お互い三回目とする)
空気を鋭く飛ばす音を双方が鳴らす。
暗殺者の吹き矢が樹上から降りそそぐ。
応戦の弓矢をベルとグレイが放つ。
損害は状況を活かしたはずの側が大きかった。
吹き矢を防いだのはアルフォンスの巨大な盾だけではない。ユリウスの大剣とイザークの長槍に、ヨシツネの長剣が叩き落とす。
思わずゼノンが敵ながら見事とする防御を見せてくる。
同じタイミングで樹の上から三つの人影が落ちてくる。いずれも覆面で顔を隠した迷彩服で、何かしらの傷を負っている。
「なんだ、三人は外したか。おたくらもけっこうやるね」
にこにこしながらベルは次の矢を手にしている。感服していても手は緩まない。
並ぶグレイは口許をきつく結んでいる。見事一人を射抜いたものの油断はない。
ざわっと大樹の枝が揺れている。
樹々に潜む暗殺者も第二の戦闘体勢へ入ったようだ。
イザーク、ヨシツネ! とユリウスが低くも鋭く呼ぶ。
「わかっている」と、「了解です」で返ってきた。
再び空気を鳴らして飛ぶ矢の攻防が展開していく。
ぽたぽた、樹の上から血が落ちてきた。
ベルやグレイが命中させたようだ。
けれども致命傷には遠い。傷は負わせられても声を上げるほどではなく、落下してくる者もいない。
較べてユリウス側は叩き落とせなかった吹き矢が地面に刺さっている。
こちらが手傷を負わなかったのは、運が良かっただけだ。
戦況は暗殺者側へ傾きつつある。
ゼノンを先頭に地面へ落ちてきた暗殺者たちも負傷を押して吹き矢を咥える。不幸中の幸いで、樹の上と下の分散が攻撃方向の多様を生んだ。標的もプリムラだけでなく、弓手の二人を狙うことで防御の配分が散っている。
ここは一気呵成とゼノンが吹きかけた。
どさり、目の前へ降ってきた。
迷彩柄を一目で認めれば、頭上を仰ぐ。
続いて二つの人影が落ちてくる。
三人のいずれも矢傷ではない。喉をかっ切られるか、心臓を一突きされている。絶命とする攻撃を受けていた。
「ゼノンよ。引いたらどうだ。俺たちが我が婚約者プリムラを守っている間に、命が奪われるぞ。俺は騎兵とする以外の戦闘方法に余計な口を挟まないようにしているからな」
大剣を手にしたユリウスの気は威容を誇る。
ゼノンには譲歩をするように聞こえた。さらに死人を出したくないとする気持ちから出た提案とは想像がつかない。
「我々は第八王女の暗殺失敗続きで、これまでの評判が引っ繰り返ってしまった。なんとしても汚名はそそがなければならない」
「あまり他人からの評判に気を取られると、ろくな目に合わないぞ。俺の経験から言わせてもらえば、婚約を破棄されてどんな目で見られているか、考えるだけでも……」
「たかだか結婚が破談になったくらいと一緒にするな!」
真剣にゼノンは、一緒くたにするな、と思っている。
だがそれはユリウスも同じだ。身を絞られるような切実さでは上回っていたかもしれない。バカやろー、と叫んだ。
「いいか、ゼノンよ。よく考えてみろ。おまえの任務失敗は三回、そして俺の婚約破棄は三回だ!」
「それがどうした。数が一緒だから同じだなんて言うのか」
「そうだ、よくわかっているではないか、ゼノンよ。一回目は悲しくても起こり得ることだと納得もしよう。だが二回目となると、三度目の正直とする予感が過ったはずだ。そして実際にそうなった時の絶望感はどんなものか。しかも三回目は好きなった男の紹介つきだ」
ユリウスの熱い語りの最中だ。
上から血が飛び散ってくる。
暗殺者とニンジャの暗闘は止まず繰り広げられている。
下で行われている会話は無視らしい。
どうやら戦況の流れに揺り戻しが起きている。
「ええい、くだらん話しに付き合ってられるか。我々ルゥナーはここで王女暗殺の依頼を果たす。四度目などあってたまるか」
立て直すべくゼノンが大きく張り上げた。今ここにいる暗殺者たちへ檄を飛ばす。
効果はあって、数多くの吹き矢が目がけて飛んできた。
ニンジャの襲来を認識した暗殺者も、そう簡単にやられはしない。
しまった、と聞き覚えのある声が近くの大樹からした。商家の丁稚とした平服を着たハットリが地面へ降り立った。左の袖から覗く腕には赤い液が伝っている。
「おい、大丈夫か」
ユリウスの心配に、ハットリは少々強がって笑う。
「こんなのかすり傷だよ。ぜんぜんまだ戦える」
「いやいや、いかんな。こうなっては力づくで引いてもらうしかないようだ」
そう言ってユリウスは大剣を振り上げた。
向かってくるかとゼノン及び地面に降り立った暗殺者たちは身構える。
ユリウスの足は動かない。代わりというわけではないが、気合いを込めた雄叫びを上げた。
うおぉおおお! と大剣を振り下ろす。
刃を向けた先はハットリが降りた大樹だ。
幹を一閃すれば、しばしの静寂の後だ。
バキバキと樹が鳴っている。
裂かれていく巨木がゆっくりゼノンらへ倒れていく。
どしんっと地を揺るがして落ちた。
かろうじてゼノンは避けたものの、度肝は抜かれた。
「やはりあれだな。ドワーフの中でも名匠と謳われるだけあって、ブラギは素晴らしいな。ちょうど試し斬りをしたかったところだったから、いい機会となった。ハットリ、礼を言うぞ」
「えー、なんで? 礼を言われるようなこと、してないけどなー」
「なにを言う。ずっと思い切りやってみたかったが、いきなり木をぶっ倒したら迷惑ではないか。でもハットリのおかげで力一杯に斬っていい機会を得た。ありがたいものだ」
親子に見られそうな二人だから、ほのぼのとしてしまう。子供のほうが血塗られた短刀を手にしていなければ状況を見誤りそうだ。
ゼノンは無念そうに周囲へ指示を出す。
撤退を挙げた。
斧ではない、手に持つ大剣の一振りで大樹を斬り倒す。
そんな途轍もない威力が人間に向かってきたら? 想像するだけで恐ろしい。
樹の上から距離を取った攻撃も根元から叩き折られるなど想定外だ。
ともかく逃げるしかなかった。
だが行く手は塞がれた。
またも大樹が目の前へ倒れてくる。激しい音を立てて土煙を巻き上げていく。
「聞きたいことがある。セネカの件だ」
大木でさえ一薙ぎで真っ二つにしてしまう闘神と呼ばれる漢が暗殺者に迫っていた。