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6.漢、出立早々に襲撃される1(敵を誤解する)

 飛んでくる矢に誰もが気づいてはいた。


 位置的な兼ね合いでヨシツネが対応する形となった。素早く抜いた長剣が固い音を立て叩き落とす。


 軌道からプリムラを狙ったものと推察がつく。


「出て早々かよ、まったく。木の上で待ち伏せとはごくろうなこった」


 森の樹々へヨシツネは視線を向ける。敵は枝の繁みで身を潜めているに違いない。


 だが応じる声も動きもなかった。


 ヨシツネ、とプリムラを背にかばうユリウスが呼ぶ。背にあった大剣は右手にある。


「なんですか、団長」

「団長か……いつまでも俺の呼び名はそれでいいんだろうか、といった話しではなくでだな。エルフの里を出た早々に仕掛けてくる策は見事だと思うぞ」

「……まぁ、そうですね」


 樹冠を睨めつけているヨシツネはユリウス相手だから答える。呑気とも言えそうな会話を他の者ならば交わす気にもなれない。


「そうだろ。俺たちには、とても耳が良くて目もいい仲間がいる。ちょっとした動きで見つけられてしまうから、来る確率の高い場所で、じっと息を殺して待っていたわけだ。えらく頑張ったものだ」

「努力は認めますけどね。敵のやることだから褒めてやりませんよ」

「当たり前だ。よく頑張ったと言ってやるが、我が婚約者プリムラを狙うなど許さん。だからこそだ、これは俺たちに対してある程度の知識がある連中が立てた作戦だと考えるわけだ」


 それからユリウスは足元に転がるヨシツネが払い落とした矢を拾う。とても短く、弓で使用するものとは明らかに違う。手にして掲げては、周囲一帯へ声を朗々と響かせる。


「これには見覚えがあるぞ。グネルスにおいてゴードン騎士の命を奪った吹き矢だ。つまり『ルゥナー』の連中だ。ゼノン、いるのはわかっている。出てこい」


 ユリウスの視線上にある枝が揺らめいた。微かな葉擦れと共に、人影が素早く地面へ降り立つ。今回は樹々の間に潜むためか、迷彩とする格好をしている。


「よく俺とわかったな、ユリウス騎士(ナイト)。さすがは闘神(とうしん)と呼ばれるだけある」


 暗殺者ゼノンは覆面をしているから容姿はわからない。声の感じで壮年の男性と想像する。


 ぽりぽり、ユリウスは頭をかきながら申し訳なさそうに言う。


「あ、いや、すまん。もうセネカがいないからな。ルゥナーの連中で知る名前はゼノンしかなくて、取り敢えず出してみただけなんだ」


 そうなのか、とゼノンががっかりしている。敵でも闘神(とうしん)と名高き人物に名前を覚えられていたら嬉しいようだ。罪な話しとなった。

 変なところでユリウスは人の機微を読めたりする。あたふたしては何か思いついたか顔して口を開く。


「でもゼノンよ。どうやら感じからして、指揮する任についたようではないか。おめでとう、良かったな」


 そうか、とゼノンが照れているような気配を漂わせてくる。見えずとも顔を輝かしているようだ。  

  

 せっかく気分は上手い感じで流れているのに、堰き止める。それがユリウスだ。


「やっぱりあれか。セネカがいなくなったおかげだな」


 本人に悪意はない。ただ思いつくまま事実を口走っただけである。

 けれども聞いたほうは屈辱とする解釈が可能だ。

 途端にゼノンは険しい気を放つ。憎々しげな目と吹き矢の筒を向けた。


「いい加減、我々も学んだ。ユリウス一党へまともにぶつかっては勝ち目などない。ならば距離を持てばいい。樹の上からならば、いくら闘神の大剣でも届きはしない」


 ユリウス一行の周囲でそびえる樹々が葉ずれでざわつく。


「しかしだな、ゼノンよ。うちには弓の達人がいるぞ。一気に五本も射てる凄いヤツだぞ」


 我が事のようにユリウスが胸を張る。

 横に来て弓を構えるベルは、へへんっと自慢げに見せてくる。


「けれども標的の姿が見えなければ、正確に射るなど難しいはずだ。それに四天(してん)の弓について調べもついている。五人を遥かに上回れば、残りが王女を攻撃する。我らの矢の一本だけでいい、その心臓に届けば目的は達せられるのだからな」


 暗躍とする身にありながらゼノンの語りは熱い。


「ゼノンよ。なぜそこまで我が婚約者プリムラにつきまとう。やはりあれか、カナンと一緒で、魅力的すぎるからか。それならわかる」

「違うわ! これは俺の、いや我ら暗殺団のプライドの問題だ」


 勝手な解釈するなとばかりにゼノンは張り上げる。

 だがこれくらいで考えを正せるような相手ではない。 


「大丈夫だ、ゼノンよ。俺は以前のような本心がわからない男ではない。カナンのおかげで恋する男心というものを知った。あれはせつないものだ。婚約を破棄され続けた俺だからわかる」


 わかるではなく誤解だから、ゼノンも無視するわけにはいかない。


「勝手にこっちの気持ちを理解したなどと、するな! 俺はハナナ王国第八王女になど、何の感情も抱いていない」

「なんだと! これほど美しき女性に対して、なにも感じないなど……そうか、そうだな。すまなかった、ゼノンよ」


 思わぬ謝罪にゼノンは途惑う。


 いきなりどうしたとイザークら四天(してん)と呼ばれる者たちも訝しむ。


 ユリウスは申し訳ないとするまま話しを進めていく。


「愛とは難しいものだ。こればかりは人それぞれ形が違い、好みがある。自分よがりな判断など決してしてはならぬものだ」

「いったい闘神は何を言いたい。さっぱりだ」

「なんだ、せっかくゼノンに気を遣って遠回しの言い方をしたんだぞ。残念だ。でも気にしなくていいぞ」


 なに訳わからないことを、とゼノンは熱り立ちそうになる。けれどもこういう時こそ冷静さを取り戻すべきだと自身へ言い聞かせられる。伊達に指揮を任せられているわけではない。


「闘神と呼ばれるわりには、せこい手を使おうとするものだ。何を言われようが気持ちを乱すことなどしない」

「立派だ、ゼノンよ。おまえの性癖は広い世間において偏見の目を向けられることだ。秘密にしている者も多いだろう。だがおまえは公然とされても、何も恥じることはないとする。イザークに見習わせてやりたいくらいだぞ」


 ユリウスが何を言っているか、依然としてゼノンにはわからない。


 ああ、とイザークは挙げた。どうやら解答へ思い至ったようである。なれば抗議の意味も込めて確認を行う。


「ユリウス。いい加減に私を男色家みたいな物言いはやめてもらえないか。敵ながらゼノンという男にも気の毒を禁じ得ない」

「そう言うけどな。ゼノンは我が婚約者プリムラに女性としての魅力を全く感じないそうじゃないか。これはもう男好きで決定だろう」


 二人の会話でようやくゼノンも真相へ行き着いた。

 とんでもない解釈をされていたことに腹が立つ。その怒りが襲撃者とする本来の役目を果たす合図へ変えた。


「なんとでも思えばいい。我らルゥナーは王女の暗殺を果たせればいいのだ。これは大陸随一の暗殺団としてきたプライドを賭けた任務だ」


 樹木の葉影から筒の先が出てくる。

 一斉に吹き矢がプリムラを背にするユリウスへ狙いを定めた。

 くくっとゼノンが覆面の間から覗く口許を歪ませてくる。


 ユリウス一行の、三人の少年少女が消えていることに気づいていなかった。

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