5.漢、本丸へ向けて出立2(参加したいそうです)
出立となったものの問題は山積みみたいだった。
穏やかな木洩れ陽の下、ユリウス一行は歩み進む。
ベルと共にグレイは先頭を買って出た。張り切っている彼女の背から少し間隔を置いたところで話し合いが続けられていた。
「今ならまだ間に合う。旅の同行から外そう。アムールを伴わない彼女は戦闘において、さほど役に立つとは思えない」
必死にイザークが喰い下がってくる。
ユリウスのほうも考えが近いから、態度はどっちつかずだ。
「言いたいことはよくわかるぞ。虎なしのグレイは危ないな。しかし、なんだ。ああも懸命にこられると、断り難いもんだぞ」
しかしだな、とイザークはいつになく強く出てくる。
「すみません。やはりわたくしのせいですよね」
小さな身体のプリムラは見上げるように横を向く。
婚約者は巨漢であり、異を唱えている同僚はさらに上へいく長身だ。
「そんな莫迦な。プリムラと呼び捨てたい俺は気にすることはないと言わせてもらうぞ」
「ええ、プリムラ王女が気に病むことではありません。悪しきは暗殺団なのですから」
ユリウスが力むのは当然として、イザークもここぞという際は冷静な態度で臨んだ。
「けれどもグレイ様はショックでしたでしょう。まさか暗殺に失敗した傭兵の口封じに利用されていたなんて」
昨夜、プリムラを狙う暗殺団について意見合わせが行われた。
ドラゴ部族の侵攻に対し、ユリウスを騎士団長とする帝国第十三騎兵団が派兵された。龍人族の身体能力は少なくとも人間の三倍以上があるとされる。対してこちらの数は新兵及び傭兵を加えての倍しか用意されなかった。イザークに言わせれば、帝国上層部は何を考えている、とした陣容で迎え撃つはめになった。
苦戦が必至な中で、援軍に偽装した傭兵団に襲撃を受ける。しかも狙われたのはユリウスや四天の四人も不在な新兵中心とした陣だった。崩壊は時間の問題かと思われた。それをプリムラが指揮官として介入し立て直す。
だが味方だったはずの傭兵に暗殺者が紛れ込んでいた。一時期はプリムラの命は風前の灯となったが、彼女の婚約者は闘神だ。蹴散らしただけでなく、幾人かは捕虜とした。
詳しい事情を聞き出すつもりだったが、その前に始末されてしまう。
大虎を使役したグレイが口封じを行った。
グネルス皇国が黒幕であることを伏せるためと信じていた。
ところがこれまでの経緯や証言を突き合わせたら不明な案件として浮かび上がってくる。
暗殺団『ルゥナー』におけるプリムラ王女暗殺はいずれもセネカが関わっている。本人がそう証言を得られている。ならば実行された件は皇都ディアズと森の国の滝近く、そして首魁自ら現れた雪の国の三回だけとなる。
カナン皇王のプリムラ暗殺はグレイに帝都の舞踏会を襲撃させたことと、皇都脱出を図るユリウス一行へ自ら赴いた件だけのようである。
ユリウス陣営がドラゴ部族と戦うなか、暗殺者の疑いがあった捕虜を殺害するよう仕向けた相手だけがはっきりしない。
「彼女が名誉挽回したい気持ちはわかる。騙されるにしても、考えが甘いと非難されても仕方ないからな」
グレイの同行から外すよう強く訴えるイザークであっても理解は示す。
帝都におけるプリムラの殺害はカナン皇王の口から直接に聞いていた。ユリウス率いる騎兵団と龍人族の戦闘中に乗じた暗殺をしくじった連中の始末はグネルス皇国の高官らしき者からの指示だった。急遽とはいえ、きちんと相手を確認すべきだった、とグレイが悔しがった。ボクはどうしてこうダメなんだ、と肩も落としてくる。
「殺されてしょうがない連中だったとはいえ、騙されての殺戮に違いない。彼女は本来優しい気質だから、辛く思っているだろうな」
思い出したせいか、イザークの態度に軟化が見え始める。
「それにしてもいったい誰なんだ。グレイをはめたヤツだけじゃなく、アーザクスたちとの戦いのどさくさで我が婚約者プリムラの命を狙ったやつらは」
「セネカ様が知らされていないだけで、ルゥナーの仕業とする可能性もありませんか?」
確かに、とイザークがうなずく。
おお、さすが我が婚約者プリムラだ! とユリウスはうるさいほどの絶賛を挙げてくる。
「もちろん、別の暗殺団とする可能性もあります。帝国にわたくしたちがグネルス皇国で抹殺されることを期待していた節は窺えますから」
「帝国も狙うなら俺だけにするべきだ。周囲を巻き込むなど卑劣千万だぞ」
ぐぐっとユリウスの両手を握り締めて力説する。
いやいや我々も狙って普通だろう、とイザークが笑いながら言う。
わたくしだけでなく皆がユリウスと一心同体にあります、と微笑のプリムラが優しくも力強い口調で述べてくる。
ユリウスが感激しないはずはない。
「婚約者と友に恵まれ、俺は幸せ者だぞ」
まぁ、とプリムラは頬を染め、イザークは声にしないものの満更でもなさそうな様子だ。
そんな三人の後ろで歩くヨシツネは横のツバキへ向く。
「男みたいなエルフの女。グレイで名前、良かったっけ?」
「左様ですが」
「かわいそうになぁー。話題はあいつについてだったのに、いつの間にか影も形も消えてねーか」
「別に……よろしいんじゃありませんか」
メイド服の侍女の冷淡さは普段通りと思われる。
ヨシツネはそう捉えなかった。
「おい、ツバキ。おまえなんで、そう機嫌が悪いだよ」
ぴくりとツバキの片眉が動く。
たちまちにして目つきは悪くなる。
抑えきれない感情が表出させてくる。
否定の声をぶつけるためだろう。
ヨシツネへ顔を向ける。
やろぉ、と剣を抜いたから口答えしている場合ではなくなる。
ここにきて敵襲であった。