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3.序の下は、未練王と元暗殺者(初めての祈り)

 黙ってやりすごせないと判断したのであろう。


「セネカに誤解があるようだから言っておく。三人に政略婚とはいえ結ぶ際に、プリムラに想いがあることを伝えてはいる。私の気持ちを知ったうえで側妃となってもらっている。隠し立てはしていない」


 話しているうちにカナンも整理できたのか。そうさ、そうなんだ、と独り言をもらしている。


 皇位を奪うためには、どうしても必要な支援者たちだった。なのに破談しかねなくても、素直に思慕を打ち明ける。立派とは言わないが、虚実はびこる交渉を常とする経営者の世界で育った娘たちには誠実に見えただろう。


 セネカだって、それくらいなら、と思う。

 同時にそれですまなかっただろうと予想がつく。


「あの三人は政略だと承知して、というのはわかったわよ。でも一緒に住まない理由とはならないよね、それ」


 それはだな、とカナンは気を張って答える。


 どうやら住まいを共としない条件は先方からの申し出らしい。 

 

 ミネルバ嬢とスフィア嬢は商売へ精を出したい。仕事の第一線に身を置きたいそうである。そのためにも店舗並び事務所のそばに常時ありたい。


 リリィ嬢に至っては実家を出る気はさらさらない。本人だけでなく両親の意向でもある。


「……それに……」カナンがなぜか急に口ごもる。

「なによ、言いなさいよ」セネカがせっついたらである。


「リリィには嫌われているんだ。今まで会った女性のなかでプリムラに一番近い感じだから仲良くしたいんだが」

「プリムラ王女とリリィって似てないわよ。まぁ見た目だけなら、あたしやヘレンを含めて側妃の中では……」


 敬称を付けなくなったセネカが自分の意見を披露している最中に、ふと考えつく。信じたくない思いつきであれば、一段と声を低くして確認へ入る。


「カナン、あの三人とはこの頃ご無沙汰みたいだけど、以前はよく閨を共にしていたのよね」

「無論だ。政略婚だからこそ何もしないなど疑念を生むからな。それに男としての欲望もある」

「それでやってる最中に、意中の女の名前は出しちゃったなんて、ヘマはしてないわよね」


 答えは、これ以上にない重たい沈黙であった。


 はぁー、とセネカはラプラス宰相ばりの嘆息を吐く。これでは嫌われて当然だ。しょうもな、と一言がぽろり溢れてしまう。


 ちょっと触れただけで切られてしまいそうな冷徹な男、と思っていた頃が懐かしい。


 もし火急の事態が訪れなければ、その晩はどうやって過ごしただろう。


 どんどんどん、と激しくドアが叩かれた。


「お愉しみの最中に失礼します」とヘレナに続き、「陛下、お休みのところ申し訳ありませんが急ぎお越し願います」とラプラス宰相の声が聞こえてくる。


 たった今まで初恋の女性にいじいじこだわっていた男が、急にだった。


「どうした、ラプラス。入って来て構わない」


 カナンがベッドから立ち上がると同じタイミングで、失礼しますとラプラス宰相が入室してくる。矢継ぎ早に報告をしてきた。


 隣国のムート立国で騒擾が勃発したようだ。余波が我が国へ、隣接するグネルス皇国北部へ及びそうである。


「ギルドの三長を皇宮へ呼べ。私も着替え次第、すぐ行く」


 指示を出すカナンをセネカは見上げる。なんだ、とつい笑みが浮かんでしまう。


 変わっていないところもあった。


 ならばセネカが大人しくなどしていられない。着替えをすませて出ていくカナンの後をこっそり追う。暗殺者の経験が役立ち、謁見の広間において柱の裏から窺う。


 ミネルバとスフィアにリリィの父親たちはすでに顔をそろえていた。皇国の実権を握る商会組合(ギルド)を統括する三人である。玉座のカナン皇王に対し片膝をついている。恭順の姿勢を取っているが、口に遠慮はない。


 三長と呼ばれる彼らは一致して、北部住人の避難を優先しつつ防衛の兵を派遣すべきと訴えてくる。


 カナン皇王にすれば、住人の避難に関して異存はない。だが防衛に傭兵をかき集める案には意を唱えた。


「しかし皇王陛下。先のゴードン騎士団長による不始末で我が国の騎兵団は再編途上にあります。派兵が却って混乱を招きかねません」


 三長のうち最年長者であるミネルバの父親ウェルズが厳しい視線を向けてくる。


 グネルス皇国の騎士団長が皇位の転覆を図った事件の影響はまだ響いていた。あろうことか他国と通じていたようであれば、騎兵団全体に徹底的な身体検査が他を差し置いて行われる。おかげ疑心暗鬼が渦巻き、騎兵団を統括する騎士さえ選出できない状況が続いている。組織としては、がたがたであった。


 現状、グネルス皇国騎兵団を率いる者がいない。


 現実的な対処として、急ぎ高給の条件で集めた傭兵を差し向けるしかない。


「傭兵を主力としては皇民の身を第一としないだろう」


 カナン皇王の難色に、ウェルズはそんなことはわかりきっているとした顔で応じた。


「けれども我が国の騎兵団は派遣できるほど統制が取れていません」

「ならば、私が出る」


 すぐに理解へ至れる者はいなかった。

 皇王自ら騎兵団の指揮を執るとようやく考え至れば、ラプラス宰相を初めとして反対が次々に挙がってくる。


「だが私ならば騎兵も指示に従ってくれるだろう」


 確かに皇王自らの出陣なれば、騎兵の士気は上がる。裏を返せば一致団結させられる人物は現在のところカナンしかいない。

 だが戦地であれば、かなり危険を伴う。グネルスの騎兵団も決して強いとは言えない。


「宰相と三長がいれば政務に問題はないはずだ。それにこれは皆に示すいい機会でもある」


 カナンが立ち上がった。広間へ集う者たちへ、ぐるり見渡し、そして告げる。


「皇位を簒奪した皇王なれど、民を想う気持ちは歴代の皇王に劣らぬことをここで示したい」


 柱の影から覗くセネカの口許に微笑がたゆたう。まったくぅ〜、と唇を突き出しての独り言までもれる。


 別にカナンは変わっていなかった。


 ただ自分が発見していなかっただけだ。

 基本はいじいじした性格だが、いざとする際の行動力は凄い。

 このままではグネルスの民が不幸になるだけだ、とよく口にしていた頃を知っていれば尚更だ。 


 ここへ来て良かったと思え始めている。


 改めて力を尽くしてくれたユリウスとプリムラに感謝したくなる。


 どうか無事でいて欲しい、と願わずにいられない。


 なぜならセネカの見立てに間違いがなければ、二人はちょうどムート立国に滞在している。隣国まで揺るがす騒乱とまるきり無関係にあるとは思えない。


 セネカは生まれて初めてと言っていい、他人のために両手を組んで祈った。

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