2.序の中は、未練王と元暗殺者(女の戦い?)
少しだけ同情はしたくなる。
グネルス皇国新皇王カナン・キーファの側室には特別とする三人がいる。
ミネルバ・ノーランドとスフィア・ハイン、リリィ・フェルト。『三側妃』と呼称されるほど実権を握っている。
いずれも皇国を支えているとしても過言ではない大きな商家の娘たちだ。カナンの皇位奪取は婚姻を結んでまで築いた豪商の協力があってこそだと言われている。
だから皇王は頭が上がらない……とする結論は性急だ。セネカにすれば三人の性格が一番に反映しているように思う。
相変わらずセネカは美人ね、とノーランド家ミネルバ嬢は羨ましそうにくる。女性にしてはがっちりした体格で、ざっくばらんな雰囲気を持つ。
今度うちの化粧品を試してよ、とハイン家スフィア嬢は大きな瞳が印象的だ。気さくさも兼ね備えていれば、まさに商売人の娘といった感じである。
セネカは色っぽい、とフェルト家リリィ嬢はぽっと頬を赤らめている。小柄で可愛らしい。見た目はプリムラに通じるところがある。
グネルス皇国は貴族が存在しない君主制である。
皇王が絶対的な権力者とする制度だが、実際はそう単純ではない。商業組合を統括する者たちの意見は無視できない。無視した場合の結果は、皇王の交替さえ可能とするほどである。カナンが体現して見せた。
皇国では、特に現状においては、商業組合を牛耳るノーランドとハインにフェルトの三大商家を敵にまわす真似などしてはならない。
だからセネカは三人の側妃と初対面時において、子供を作る意思がないことを告げた。皇妃の座を巡る女の戦いに巻き込まれるなど真っ平御免である。自分が子供を育てるイメージも全く浮かばない。後宮の末席に置かせてもらえばいいだけと強く主張した。
「なに言ってんのよ。子供なんてバンバン作っちゃいなさいよ」
そうノーランド家ミネルバ嬢に言われた際は、試されているのかと勘繰ってしまう。真意を引き出そうと、仕掛けられているのか。
「なんなら正妃になれば。うちの国では皇妃だったっけ?」
おいおいとするハイン家スフィア嬢のお勧めである。冗談で言っていると思いたい。
「セネカは大人な女で憧れる。わたし、イチオシ」
幼い面立ちのフェルト家リリィ嬢は少し風変わりだ。でも嘘ではない好意と受け取りたい。
なかなか癖の強い側妃たちだが、セネカとしては上手く立ち回れている気がしている。三人とのお茶会も神経は張るものの嫌ではない。今日で二度目だが雰囲気は良い。
帰りがけになって、ようやく異常に気づいた。
またの約束をして、三人が帰っていく。皇宮の玄関先で見送っていたら、はっとした。
側妃とされる者たちが、帰る? いったい、どこへ? 後宮はここだ。
一つがきっかけからセネカの頭へ次々と疑問が湧き上がってくる。
後宮とするにはまず規模が小さい。まるで普通の屋敷である。一般に比べれば広大かも知れないが、ロマニア帝国貴族が所有する屋敷と比較すれば見劣りする。いくら国力の差があるにしても、こちらは一国の元首である。もっと盛大にすることは可能なはずだ。
幸いにもその晩、カナン皇王はセネカの寝所へ訪れた。よく来るな、と思いつつも今晩は特に嬉しい。訊きたいことが山ほどある。
カナンが上着を脱ぐのを手伝う時点から質問攻勢をかけた。
「元の後宮は潰した。あれこそ先皇王の悪しき遺物だからな」
答えながらカナンは両腕を上げた。思いっきり伸びをしている。
父であり先皇王を憎んでいた経緯を知るセネカだから、そこは納得する。けれども単なる屋敷で生活するなど、他の女性がよく承諾したものである。
「なにを言っているんだ。ここにいるのはセネカとヘレナだけだぞ」
セネカは衣紋掛けへカナンの上着をかけながら、へっ? となってしまう。
「ちょ、ちょっとー。ヘレナって小間使いかなんかじゃないの?」
「行くところがないそうだから、置いている。そうそう言っておくけど、掃除や洗濯しているのは本人の意志だからな。世話係を付けると言ったんだが、他にやることがないからやりたいそうだ」
「そうなの……」セネカはお茶の用意をしながら考え込む。カナンへカップを渡す段には次の質問が決まっていた。
「皇王様にお聞きしたい件がございます」
急に畏まった口調に、おっとなったカナンだが何でも答える旨で返してくる。
してやったりとする内心を押し隠しつつセネカはカナンの横へ座る。二人でベッドへ並ぶ親密な体勢を築く。
「後宮を広げない理由は、やはりプリムラ王女様を想ってでしょうか」
一瞬の間を置いた後だ。
しょうがないではないか、とする返事があった。
しょうがないわねーとセネカのほうこそ言いたくなる。大体の予想がつけば、これからは確認となる。
「ねぇ、カナン。まさかだけど、プリムラ王女に対する気持ちを側妃たち、特にあの三人には知られていないわよね」
今度は完全な沈黙だった。
こいつはー、とセネカは驚くやら呆れるやら怒りたいやら感情は忙しい。
それでもまだ追求の手綱を緩める気にはなれなかった。




