48.漢と暗殺団4(月夜に初登場)
丸くなりきれない月の晩だった。
数日間に渡った吹雪が上がったばかりで、しかも人里離れた場所である。
しんとした白い風景だけが広がる。
ここには自分たちしかいない、とした油断は確かにあった。
突如として、ユリウスら五人を包むように雪が舞い上がる。
一面の視界を奪う雪塊が下から飛んでくる。
雪中に潜んでいたせいと悟るまで多少の時間を要した。
ユリウスが背中の大剣を抜き、四天の四人がおのおの武器を構えた頃には、すでに終わっていた。
二つ、血塗られた惨殺体が転がっている。
名前を聞く前の暗殺者たちだ。
残りの一人とするゼノンの所在も、すぐに知れた。
なにせ珍しい体裁にあったからだ。
後ろ襟を咥えられる格好で宙にぶら下がっている。
巨大な白き狼の口先にいた。
思いも寄らない事態に呆気としたが、ユリウスは普通に驚く漢でない。
「おおっ、白い犬なんて珍しいな。俺は初めて見たぞ」
子供がはしゃぐようだ。だが大剣の先は狙いを定めて動かない。
「犬ではない、狼だ」
白き狼の口はゼノンを離すなり言葉が飛び出てくる。
四天の四人が神経を張り詰めさせるなか、ユリウスは目を輝かせた。
「凄いな。犬は大きくなって白くなるとしゃべるようになるのか」
「犬ではなく狼だ。それに体長も色も言葉を話せることとは関係ない」
「おまえ、そもそも獣なのか。俺は疑うぞ」
白き狼の黒曜石みたいな目が光る。
ふざけているようで核心に迫ってくる。やはり闘神とする噂は伊達でない。
「さすがだな、ユリウスなる人物は女性に関連しなければ才気を発揮するようだ」
「聞き捨てならないぞ、それは」
「ほほぉー、実は女性に対しても凄腕を発揮しているとでも言いたいのか」
「そんなわけ、あるか! 俺は女性に捨てられるのが板に付いている男だぞ。だからもっと女心というものを学びなければ、きっとまた捨てられる、情けない男なんだ!」
泣けてくるのぉ、と珍しくアルフォンスが真っ先に挙げた。
うーん、とイザークは唸っている。
このまま任せていたら、会話がおかしな方向へ進むのは必至だ。だが一方で面白そうな展開へ突き進んでいるような気がしないでもない。
結局は愉しみとする欲望に負けて、今しばらく放っておくことにした。
神秘的な白き狼がやや笑みを含ませつつだ。
「ユリウス・ラスボーンは婚約しているのだから、もう女性について悩む必要などないだろう」
「バカヤロウ、俺が三回も婚約破棄をされているの、知らないのか!」
そうなのか、と白き狼は鼻先にいるゼノンへ確認している。そうです、と畏まった返事を得れば、改めてユリウスへ向き直る。
「婚約破棄されたくらい、闘神の名を抱くほどの人物であれば、別に問題とすることでもないだろう」
「おまえ、婚約どころかフラれた経験もないな。いるんだ、そういうヤツが。でもそういうヤツに限って、女性と数多く関係を結んだり、男まで迫ってきたりするんだ」
ちっくっしょー、とユリウスが地団駄を踏んでいる。
どさくさでナニ言ってくれてんですか、とヨシツネが自分について言われていることを認めている。
おまえがそういう言い方するから両刀使いと誤解されるんだ! とイザークが激しく抗議してくる。
ユリウス団長の闇は深いんだね、とベルはあくまで他人事としている。
相手が狼でも関係ないんだのぉ、とアルフォンスはいつも通り愉快そうな顔で顎髭を撫でている。
白き狼といえば、何度も瞬きをしていた。
「噂だけではわからないものだ。才能や実力と人格は別なようだ」
「ああ、まったくだ。戦場では優秀なくせに、女性に関しては本当にだらしがなくて困ったものだ」
同意見だとするユリウスの態度に、白き狼はさらり述べる。
「おまえもだ、ユリウス・ラスボーン」
「なんだと! 俺は婚約者だけとしてきたし、これからは王女じゃなくてプリムラだけと心に誓っている」
「そういう意味ではない、ユリウス・ラスボーン」
違うのか、とユリウスが考えこむ顔をする。ただし大剣は敵へ向けたままだ。
団長のオレに対する個人攻撃が目にあまる気がしまーす、とヨシツネが不平をぶつけるなかだ。
ところで白き狼よ、とユリウスが呼ぶ。なんだ、と返事があれば、じっと視線を向けた。
「おまえは王女暗殺の顛末を確かめにきただけではないのだろう」
「ほほぉ、なぜ、そのように思う」
「部下の一人を助け、他は始末した。失敗後の後始末は済んだはずだ。なのに立ち去らず、俺たちと話しをする。何か言いたいことがあるのではないか、と考えたわけだ」
ふふふ、と白き狼は何とも形容し難い笑いをもらす。陽かそれとも負の感情から発生したのか、不明な響きだった。
「なるほど、エルフやドワーフがユリウス・ラスボーンに賭けたくなる気持ちはわからなくもない。人が良さそうでありながら、戦いに傑出した才がある。日々、亜人の立場が危うくなるなかで、事態好転の希望を見出せる人物なのはわかった」
「やっぱり、おまえは亜人だったか」
「ああ、そうだ。そして亜人ゆえ、亜人に絶望している」
白き狼がユリウスたちへ、このまま別れるわけにはいかないとする意見を吐いてきた。