45.漢と暗殺団1(帰還しても事態は呑み込めず)
それはもう驚いた。
ヨシツネだけでなく、ゼノンを始めとする暗殺団も同様だ。
あと少しでどちらか、もしくは両方の命を散らす死闘へ入っていた。
他など構っていられなくなるくらい神経は張り詰めていた。
そこへ、いきなりだった。
どかん、と洞窟の出入り口を塞いでいた雪が爆発した。
正しく表現するならば、吹き飛ばされた。
突拍子もない事態に唖然とするなか、なお且つである。
睨み合う両者の間を、突風の如く人影が抜けていく。
プリムラの前で止まって、やっと人物が誰か視認できた。
「無事か、プリムラ。危険な目に遭っていないか!」
無事です、とプリムラは心配かけまいと答えた。問題はありません、とまではさすが口に出来ないようである。危険は目前でぶら下がっている。
どうして? とヨシツネが尋ねるより早くユリウスが憤慨を挙げた。
「なにをやっているんだ。他の三人は王女じゃなくてプリムラを放っておいて、どこへ行っている?」
「吹雪でずっとここに留め置かれたじゃないですか。だから食料の補充に近くの里まで出張ってますが」
「そ、そうか、そうだな。四日近くもいれば備蓄も尽きるか。王女じゃなくてプリムラやシルフィーの腹を空かせるなど忍びないしな、確かに。そうさせまいと吹雪くなか向かうなどは頼もしい限りだぞ」
打って変わったユリウスの評価に、ヨシツネはいちおうといった感じで確認する。
「えーと、団長。現在の状況は把握してますよね?」
「王女じゃなくてプリムラが無事だった。良かったぞ」
やっぱりわかっていない。ヨシツネは半ば予想していたせいか、ぽりぽり頭をかく。
「すみません、団長。けっこうヤバい客人を、今! 迎えていたりするんですが」
なんだと! とユリウスの驚きは本物だ。
姫さんしか目に入ってないんですね、とヨシツネの振りに、「まぁ」とプリムラが赤くなって両手で頬を押さえている。
無視されたほうは平然としていられない。
「ちょっと、マジで。いや、あり得るわね、闘神ならば」
顔合わせも三度目となればユリウスの有り得なさを悟る女暗殺者である。
「おぅ、セネカではないか。どうした、こんな所で」
と、能天気以外の何物でもない声には敵ながら諦念の息を吐きたくなる。
「あのね、あたしらアサシンだから。プリムラ王女の前に現れるとしたら、目的は一つしかないでしょ」
「しかし我が恋敵カナンは下半身が緩いしかもしれないが、王女じゃなくてプリムラを想う気持ちに嘘はない。暗殺など莫迦な真似はもうしない感じだぞ。これからの幸せを願う気持ちが見取れたし、そこは同じ女性を愛す男として信用してやりたい」
ぐっとユリウスは握りしめた右の拳を突き出してくる。
気合いが入ったポーズに対し、セネカは呆れ果てていた。
「あんたさぁ、自分で自分の言葉に酔ってるでしょ。イヤよねー、こういう男は。相手の言うことをちゃんと聞いてないから、女の気持ちがわかってないってなるのよ」
「ももももしかして、俺が婚約破棄されてきた原因は、そこか!」
「あたし詳しい経緯は知らないから一概には言えないけど、それはあるかもしれないわね」
「そ、そうか。これから気をつける」
肩を落とすユリウスがいた。セネカとの会話ですっかり自信喪失ときている。
もうヨシツネは嘆かずいられない。
「姫さんが来てから、団長、面倒臭さに拍車がかかってますよね。状況もなにもありやしない」
「なにを言う。俺が面倒になったのは元からに加え、何度も婚約破棄されてからだ。断じて王女じゃなくてプリムラが来てからではないぞ。そこは間違えるな」
「カッコ良く決めてきても、感動とはなりませんからね」
我慢できなくなった者は身内だけではなかった。
ユリウス・ラスボーン! と暗殺者の一人が呼ぶ声は怒りに満ち溢れていた。
残念ながら名を呼んだ相手にたぎる感情は伝わっていないみたいだ。応える態度はセネカと同様に朗らかだった。
「おぅ、ゼノンとか言う者だったな。どうした……おまえっ」
ようやくユリウスは、事態は緊急と認識したようであった。