42.漢が不在の洞窟内2(三対一なれば勝敗は見えてます)
異変は耳が拾うところから始まった。
それまでヨシツネは反駁に勤しんでいた。てめぇ、とツバキへ喰ってかかる。こういう男が女の敵です、と断言されたら黙っていられない。
「言っておくけどな、オレはオレに気を持つ女しか相手してないからな。双方合意のうえだ」
「でもお相手は一晩限りだなんて思ってはいないようにお見受けしますわ」
表情を一切動かさず言うツバキだから糾弾されている気分になる。いや、実際にされている。ならばヨシツネはむきになる。
「そう言うけどよ。ちゃんと女のほうも楽しんでいるぜ」
すぅとツバキの目つきが変わった。ゴミ虫でも見るようである。武勇で鳴らす剣士の背筋を、ぞっと凍らせる圧がある。
ヨシツネ様……、とプリムラに呼ばれて向けば、ツバキの目つきへつながる表情が待っていた。
口にしてまずったとヨシツネの裡に後悔が打ち寄せてくる。
シルフィーなど、イザーク様のほうが全然マシですね、と悪評の順位を塗り替えてくる。帰りに立ち寄るであろう森の国で、エルフのお姉ちゃんといいことしたい野望を抱いていれば、部族長の孫娘に良い印象でいることは大事だ。
つまりヨシツネは女性陣の評価通りとする邪さから言い訳をかます。
「言っとくけど、団長と比べるのナシにしてくれよな。女関係において、あの人のようにするの、普通は無理だからよー」
決して褒めた気はない。それどころか少々悪いとする物言いをしたつもりだ。
相手の解釈はまるきり違った。
「確かにユリウスさまと比較されては立つ瀬がないですよね」
恋は盲目とする発言はプリムラに止まらず、シルフィーもまた続く。
「王女様の言う通りです。ヨシツネ様を闘神ユリウスの基準に計ったら足下にすら及ばなくて当然です。配慮を欠いた自分の態度に謝罪を致します」
ずいぶん丁寧に謝られたが、ヨシツネが喜べるはずもない。マジか、こいつら! とする声が迫り上がってくる。けれども自分が付いていく人物の婚約者である。言葉は喉で堰き止めた。
だから侍女のツバキは別である。
「ユリウス様をお出しするのは控えたほうがよろしいですわ。ヨシツネ様をみじめにさせるだけですわ」
カチンッときたから、けっこう容赦なしでいく。
「団長に相手されないからって、オレにぶつけるの、やめろよ」
「なんですか、相手にされないとは?」
「だってよ、侍女じゃ、所詮……」
さすがにヨシツネは言葉を呑み込んだ。ツバキの恋慕くらい気づいている。自分だけでなく、周囲にいる誰もがわかっていることだ。
仕える主人の婚約者であれば、届かない想いを目の当たりにする生活となる。しかも各種族から婚約者を迎えている状況である。次々に地位が高いとする女性が現れれば、侍女ごときと自覚する機会もままあるだろう。
口を滑らせてはいけない事柄であったとヨシツネは気まずい。
ふっとツバキが口許に微笑を閃かせる。
それは泣いているように見える。
そう思った次の瞬間だ。
いくら遊ぼうが女を理解するまでに至らない。ヨシツネは痛感させられることとなる。
「ヨシツネ様が顔だけで女性をたらし込んでいるのが、ホントよくわかりましたわ。甘い、本当に甘いお方です、あなたは」
なんだよ、とするヨシツネに対してである。
いいですか、とツバキは目を冷たく光らせる。
「あくまで王女の侍女としての役割を果たせれば良いのです。確かに私の方が頭を撫でてもらったり、お姫様抱っこされたり、人工呼吸とはいえ唇を重ねることを先んじてしまいましたが、それは単なる運命でしかありません」
きゃー、とシルフィーが顔を赤らめている。初めて聞いた話しに、緊急措置だったとはいえ口づけの場面を想像して興奮している。
一方、プリムラは撫然としていた。ツバキが常に自分より先んじている点を思い出せば悔しい。なお且つ運命などと喧伝されては、腹が立つ。
ヨシツネと言えば、今さらながら後悔先に立たずである。かしましい女どもの会話に参加なんかしなければ良かった。しかもまだツバキの話しは終わっていない。
「もちろん私は侍女。ユリウス様に対しては、あくまで姫様の足りない部分を補うだけの存在にすぎないことを重々に承知しております」
「へぇー、意外だったぜ。意外とツバキって殊勝だったんだな」
後になってヨシツネは、下手に感心なんかするもんじゃねーな、と反省することになる。
「当たり前です。姫様がどうにもならずとした部分を埋めるが従者の務めですわ。これから夫婦として過ごすなか、ユリウス様も男、幼児体型が変わらない妻に飽きたらなくなってしまった折には、私がその穴を埋める覚悟でおります」
あんたねぇ〜、とさすがにプリムラも黙っていられない。
だがそれより先にヨシツネが、あれ? と頭を捻りつつ指摘する。
「でもよぉー、ツバキ。仮にうちの団長が姫さん以外の体型を求めるならよ、おまえじゃなくて、ここにいるエルフの姉ちゃんにいくんじゃねーの。しかもこちらさんは婚約者でもあるしな」
シルフィーは美しいだけでなく、プロポーションも抜群だ。お世辞に見ても、ツバキが叶う部分がない。
やーい、とプリムラが高貴な身分に在らざる冷やかしを放ってくる。
ヨシツネは地雷を踏んでしまった気になっている。いつもながら、うっかりやってしまった。ヨシツネ様……、とその相手から呼ばれれば、「お、おぅ」と返事をしたらだ。
「寝首をかかれないよう、お気をつけくださいませ。何時いかなる時においても、ですわ」
マジじゃねーよな、とヨシツネは軽口をもって真剣に問うつもりだった。しなかったのは、ツバキの顔を見ただけで答えが出たからだ。確認するまでもない。
何より異変を感じ取った。
微かだが、規模が大きそうな音がする。
もしベルがいたら即座に状況を判別しただろう。
洞窟の入り口が塞がれるまでヨシツネは雪崩とわからなかった。
状況を正確に認識するまでの時間がかかった原因は別の要因もある。
洞窟内へ飛び込んできた複数の人影に注意を払わなければならなかったせいである。
「なんだ、またしょうこりもなく、おまえかよ」
跳ねるように立つヨシツネはプリムラらを背にかばう。
顔見知りとされた侵入者は、莫迦にするなとする台詞を吐いてから続けて言う。
「もうあたしらもいい加減にしたいのよ。だから殺されてちょうだい」
暗殺者のセネカが嘲笑の下に聞き入れられないお願いをしてきた。