41.漢が不在の洞窟内1(行ってこい、となる)
鍛治のドワーフと呼ばれる中でも特に先代部族長ブラギは名匠とされる腕前だ。素人目でも一晩で仕上げたとは思えないほど、大剣は見違えるほど鋭い輝きを放っている。一緒に仕上げてもらった四天の四人やツバキの武器も感嘆の息が思わずもれてしまう出来栄えである。
これからもお願いしたい、とイザークの言葉は世辞でなく本心からだった。
大剣を背に収めれば、「急ぐぞ」とユリウスは厳しい表情で号令をかける。
見送りに出た部族長フンギは猛吹雪の到来が近いことを予報した。けれども判断については口出ししない。息子や娘と一緒に別れを惜しむだけだ。
「ユリウスはマギのお婿さんなんだから、またくるんだよー」
と呼びかけられた時だけ、ユリウスに笑みがこぼれた。
取り敢えずレオナはシスイだけでなくディディエ卿の下へも行ってくれるそうだ。まず情勢がどう動くか予測がつかない後者の方を優先してくれるらしい。翼を広げては空を舞う。何処の国も欲しがる飛行能力をもって、彼方へ消えていく。
ユリウスら一行もまた急ぎ出発したが、数時間も経たないうちにフンギの予報が正しかったことを思い知る。中央集落スヴェルトからの出立時はあれほど晴れていたにも関わらず、山道へ入ってしばらくもしないうちに前が見えないほどの降雪に見舞われる。吹く風もどんどん強くなってくる。
避難所として最も近い洞窟へ一行は潜り込んだ。ここならば数日は耐えられる。
もっともユリウスは、じっとしているなど無理そうな感じだ。
「どうかお行きください、ユリウスさま。わたくしたちなら大丈夫です」
焚き火が起こされるなか、プリムラから申し出る。
酸欠にならないよう設けられた風穴へ煙が向かうなか、ユリウスはゆっくり首を横に振る。
「いや、王女じゃなくてプリムラを置いては行けない。アサシンどもがいつ狙ってくるか、知れたもんじゃないからな」
「これだけ雪に覆われた地域までアサシンが足を伸ばせるとは思えません。もしやって来られたとしても、四天の皆様とツバキだけで充分だと先日の件で証明されています」
襲撃者が気の毒になるほどの戦果を五人は挙げている。
ふぉっほっほ、とアルフォンスが珍しく口を開けて笑う。
「しかし、なんだのぉ。ユリウスにこんな吹雪のなか行くなど危険とする意見が上がらんのぉ」
「それはそうだよ。今だってユリウス団長、なんで胴衣一枚になってんの、聞きたいぐらいだしね」
まだベルは防寒姿のままだ。他もまだ火が起こされたばかりで毛皮に包まれる姿から離れられない。
ユリウス一人だけが、さっそく脱いでいた。暑そうな様子がありありだった。やっぱりとする回答もくる。
「しょうがないだろ。王女じゃなくてプリムラを始めとして全員が寒そうにしているんだぞ。俺だけ暑い、なんて言えるか!」
今言っているが、おかげで少し雰囲気が和らいだ。
「行ってこい、ユリウス」
ぽんっとイザークが右の拳でユリウスの胸を軽く叩く。
「恩人たちの動静を見極めてこい。プリムラ王女ならば、自分達が命に代えても守ってみせるから」
しかし……、とユリウスはまだ思い切れない。
「周りから言わせてもらえば、もやもやしている団長は鬱陶しいんですよ」
しゃがんだヨシツネが焚き火へ木片を放り込みながら言う。
「ユリウスさま、行ってください。今のわたくしはそれを望みます」
プリムラの優しくも毅然とした後押しが決め手となった。
「すぐ、すぐ帰ってくるからな。シスイの容態を確かめて、親父殿がバカをやっていたらぶっ飛ばしてくる。だから、すまない!」
合わせた両手を上へ持っていくユリウスは頭を下げていた。
大丈夫ですよ、とプリムラの返事と同時だ。
洞窟からユリウスの姿はかき消えていた。
やはりかなり心配していたらしい。
こうしてユリウスが居なくなった一行は洞窟で大人しくすると相成った。
吹雪が治まり次第、森の国へ向けて出立といきたい。が、あいにく時間が経過するほど酷くなっていく。地元民である案内役のホォルからしても珍しい悪天候らしい。三日三晩は外出など考えられない状況が続く。
四日目にして、ようやく風雪が弱まりだす。
けれどもまだ出立とするには困難な天候である。
備蓄としていた食料も尽きかけていた。
ドワーフのホォルが、それほど遠くない所に集落があると言う。食料の調達のため向かう意味だと説明がなくても察しはつく。
必要とする量は一人では持ち帰れないだろうし、道中の安全も考えれば複数でいった方がいい。そうイザークが申し出れば、ホォルは恐縮するものの受け入れた。
四天のうちヨシツネを念の為に残す。ツバキも居れば大丈夫だろう、と判断した。
「その前にアサシンどもが、ここ、見つけられるもんですかねー」
案内役のドワーフと他の三人を送り出すヨシツネが笑う。情報漏れでもなければ知られようがない。
余裕を持った発言は、数時間後に撤回せざる得なくなる。
「あんまり、あたしらをナメないでくれる」
見知った妖艶な美女が焚き火の炎に照らされるなか舌舐めずりしていた。