40.漢の石の都滞在記5(翼人の婚約者は目的あってきてます)
ユリウスの話しに茶々を入れるとしたら、この人物だろう。
「団長って、やっぱり子供の頃からヒトじゃなかったんですねー」
ヨシツネの感心やら呆れるやらといった声である。
これは語られた当人にすれば不服らしい。
「何を言うんだ。大人になれば、これくらいやってのけて当然だろ」
「何を言っているんだは、こっちのセリフですよ。団長が翼人の里へ暮らすようになったのって五歳ですよね。それから三年って、まだ八歳ですよね。一般ではまだ子供という年齢なんですが、それ」
そうとも言うな、とユリウスは反論したいが思いつかずとした返事をしている。
近づいてきた翼人レオナはユリウスを指差す。
「あ、でもユリウスって、もうその頃はおっさんみたいだったぜ」
「そ、そういうことだ。わかったか、ヨシツネ」
どうやらユリウスは援護射撃と捉えたようだ。
当然ながらヨシツネは、別の解釈をする。
「つまり団長はもうその頃にはヒトじゃなかったってわけじゃないですか」
「何を言う。俺はたまたま崖登りが得意だっただけだ。レオナとの勝負だって、紙一重だったぞ」
見た目は幼くなくても八歳だったユリウスと年齢は不明だが妙齢には違いないレオナの間で競争が行われたそうだ。崖の途中に咲く花を、どちらが先に取れるか。前者はよじ登り、後者は翼を持つ特性を活かして飛ぶ。
「まさか負けるとは思わなかったよなー。あの時のユリウスは、どこかの大猿かと思ったもんだぜ」
楽しそうにレオナは述懐してくる。
はっはっは! とユリウスは高笑いしてくる。
「必死だったからな。なにせ負けたら俺はレオナの奴隷として、午前で終わっていた勉強を午後までやることになるんだ。命がけになって当然だろ」
「それくらいで命を賭けるほど追い込まれるなんてなるのは、団長しかいないんじゃないですかね」
そう言ってヨシツネは、ぐいっと酒杯をあおる。
バカやろ、とユリウスは突き出した右の拳を握り締める。力を込めて述べてくる。
「俺に昼飯を食っても机へかじりついていろって話しだぞ。そんなことになるんなら、牢屋で看守と話しをしていたほうが、ぜんぜん良いぞ」
事情を知らない者には難しい例えをしてくる。
事情を知るヨシツネだから呆れずにいられない。
「まったく看守と楽しくしゃべってたくせに、よく言いますよ。まぁ、勉強させられるのが辛いは、わかりますけど」
「そうだろ。レオナはこう見えて実は鬼教師でな。じっと座らせられる苦行を少しでも短くするためならば俺は命を張ってでも頑張るわけだ」
さも当然とばかりにユリウスが感心しないことを打ち明けている。
困った生徒だろ、とレオナが笑いかけてくる。やって来た当初の不穏さは欠片もない。
ふうん、とヨシツネは新たに出された酒杯へ手を伸ばす。つかむ寸前で、口を開いた。
「それで、団長」
「おぅ、なんだ、ヨシツネ」
「負けた場合はわかりましたが、勝ったんですよね。どんな条件だったんです?」
それなー、とレオナがユリウスの機先を制して答える。
「嫁になってやる! だよ」
テーブル上の空気が固まった。
ただユリウスは解答をもたらせる側にいる。静寂は一瞬も保たなかった。
「だから賭けになっていない、と俺は言ったんだ。だけど始めとなったら、負けられないからな。午後になっても机の前なんてイヤだからな」
嘘じゃない熱さで語るユリウスに、ヨシツネは疑う気も起こらない。
「わかりました。団長なら頑張るでしょう、それくらいで」
「おお、ヨシツネでもわかったくれたようだな」
ユリウスに屈託がないから、ヨシツネは酒杯をあおらずにいられない。
そういうことだからよー、とレオナがテーブルへ着く者たちを見渡す。
「翼人がどうこうじゃなくて、あたし自身の意思でユリウスの嫁へなりにきただけだからさ。亜人の未来がどうだこうだで、担ぎ出されるのはご免蒙るぜ」
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猛吹雪には足を止めざる得なかった。
ユリウスだけなら突き進めただろうが、四天の四人すら音を上げる悪天候だ。ツバキはまだしもプリムラやシルフィーが耐えられるはずもない。女性陣は口で大丈夫とするから、余計に避難するべきとなった。
帰途の案内役を買って出たドワーフの青年ホォルが山の道中にある洞窟へ導く。雪の国だけあって、旅の往生における備えは抜かりがない。問題なく休息へ入った。
けれどもユリウスは落ち着かない。懸命に平静を装っているのが見え見えだった。
レオナは亜人同士の関係性など興味がないとしながら、ドワーフの晩餐会に訪れた。
ユリウスを追ってきたそうだ。
理由は二つあった。
恩人シスイの体調と、ディディエ辺境伯の治めるエルベウス地方へロマニア帝国騎兵団が進軍を開始した報を伝えるためだった。




