39.漢の石の都滞在記4(ここに婚約者が登場)
洞窟奥における女性三人の語らいは終わらない。
「雪の国におけるこのたびの訪問は大きな収穫がありましたね」
シルフィーの明るさに、お茶を啜り終わったプリムラも微笑みと共に返す。
「はい、本当に。実のところ龍人とドワーフは順調な交流をしているのが知れて、良かったです」
前部族長だったブラギはユリウスの大剣を一眼するなりだ。いかん、と叫んだ。
「これをぜひ私にお預けいただきたい。一晩あれば、ユリウス様が望む戦果を十年は支えてみせるだけの斬れ味へ戻してみせます」
大剣の刃へ目を寄せるブラギが強い意志を閃かせている。名人級の鍛治職人が揃うドワーフのうちでも、随一の腕前を誇る先代の部族長である。後に聞けば、長の地位を退いた理由も息子に任せられるだけでなく、いち職人として鎚を振るうことに没頭したかったらしい。
メンテナンスはユリウスの大剣に限らず、四天にツバキのものまで含まれた。
「かたじけない。別にそこまで急いでもいないから、一晩などと無理をしなくても構わないが」
ようやく膝を上げたユリウスは相手が柄を握りやすいように差し出した。
ブラギはユリウスの行動だけはなく言葉にも配慮を感じ取った。ならば逆に最初の宣言通りとする仕上げを約束する。前の長であり、息子が現在の部族長である。のんびりしていられない状況を承知している。
「急ぎの仕事は龍人さんのおかげで鍛えられてますから。任せてください」
ブラギの返答は胸を叩くようだ。
するとユリウスが俄然興味の色を浮かべて訊く。
「龍人はここへよくやってくるのか」
「注文品が武器の場合でしょうか。その場で出来具合を確かめたいようです」
「ならばあまり完成の出来を急かすなど、良くないな。今度、言っておこう」
真面目腐ったユリウスの言葉を後ろで耳にする四天の四人は同時に思う。
今度とはいつだろう? もう自分らは帝国から外れている。そもそも龍人と相対す場所は戦場に限られていたはずなのだが、やはりというか、おかしな話しへ変質している。だがあまりに自然な言い方のせいで、相手のブラギは特段疑うことなく答える。
「ユリウス様に誤解を与えてしまったようですが、せっかちなのは戦闘頭さんだけで、他の龍人さんは特に要望などしない穏やかな方々ばかりですな」
面倒なのはアーゼクスだけか、とユリウスはその名を口にすれば、はっはっは! と笑い飛ばしてくる。武人とする豪快さを周囲に見せつけていた。
これには良かったと共に来た者たちは胸を撫で下ろす。これがなければ幼女に土下座しているおかしなヤツで終わりかねない。
ドワーフとは良好な出だしであった。
その後の歓待も申し分なく、晩餐会はエルフの森の国で受けたと同様な盛り上がり方を見せた。
酒の席とはいえテーブルに着いたドワーフたちは力強く述べる。
屈強を誇るユリウスら一行を我らは全力で押し立てる。大陸二大強国に屈しない体制を一致協力して築きましょう。
ちょうど意思の確認をしていたところへ、新たな客人を迎えた。
道程を厳しくさせる雪に足を取られることがない亜人だ。
「おぅ、ユリウス。翼人の婚約者が来てやったぜ」
「おおっ、レオナ。ひとっ飛びか」
気さくなユリウスの一方で、周りの反応は様々だ。
プリムラやシルフィーなどはグレイに対する行為を知っているから心を許すまでに至らない。
ドワーフたちは好意的な驚きを上げてくる。
「さすがは、闘神ユリウス殿。翼人まで同盟とする関係性を築いておりましたか。これは今後において力強い」
ドワーフの誰かが挙げた声に、背の翼をたたむレオナが笑う。
「おいおい。あたしはユリウスの婚約者へなりにきたけれどよ。他の連中と仲良くするかどうかは別だぜ」
なっ、と絶句するドワーフが合図になったかのようにテーブルの空気はがらり変わった。
結束を疑わず盛り上がっていたどの顔も酔いが醒めていく。
このままなら雰囲気は悪くなっていただろう。
はっはっは、とユリウスが高笑いだけでなく言葉も発する。
「相変わらずだな、レオナは。昔から初対面には無茶を言う」
「別に無茶なんか言ってないけどなぁ。冷たくするだけだ」
「そうだそうだ。あの一件で俺が勝利を収めるまで、意地悪なヤツだった」
発言者の隣りに座るプリムラは婚約者として聞き逃せない。自分が知らない子供の頃の思い出があるみたいではなく、ある。しかもレオナが「い、意地悪なんかじぇねーよ」と何やら可愛らしい。男性の心を惑わす油断ならない兆候としか受け取れない。
「ユリウスさま。あの一件とは、なんですか」
精一杯に平静を取り繕うプリムラだから、口調はやや不穏さが混じっていたかもしれない。幸いにも婚約者は些細な点より質問に答えるほうを優先してくれる。
「大した話しじゃないがな。あれはシスイに連れられて翼人の里で暮らし始めてから三年くらい経った頃だったか。俺はレオナに勝負を持ちかけられたんだ」
晩餐会に集う誰もが注目するなかで、ユリウスは語りだす。
それは驚くやら呆れるやらとする内容であった。