37.漢の石の都滞在記2(捨て身で誠意である)
ここ中央集落スヴェルトはドワーフの都と呼ぶべき場所である。
鍛治工房が連なれば、生活を支える店舗も多い。食品を初めとする買い物客が賑わう。夕食前とする時間帯も相俟って往来は人々でひっきりなしだ。
人間にエルフまで混じる一行は珍しく、また部族長の家族が出迎えている。
周囲を歩くドワーフの多くが好奇の目を向けてきた。
なお且つ訪問者の一人が、いきなりだ。
道の真ん中で土下座してきた。
つい足が止まってしまう。
わざわざ衆目を集めているユリウスだがお構いなしだ。
「すまない、マギよ。どうか許して欲しい」
抱き合っているマギとシルフィーへ近づき、両手と額を地面に着けて訴えていた。
きょとん、としてしまうのは謝罪を受けている者に限らない。
通り過ぎようとしていたドワーフも、なぜ土下座? と釘付けになる。観衆も増えていく。
闘神と呼ばれる漢の普段をよく知る連れの一人が得意するところは、しょうもない場面で口を突っ込める。
「どうしたんですか、団長。浮気がバレる前に自ら告白して許しを請おうとする旦那そのものじゃないですか」
背後で見降ろすヨシツネが帝国騎兵団所属時の呼び名でからかう。
がばっとユリウスは上げた顔を捻って発言者へ怒号を浴びせる。
「バカやろー。婚約三回も破棄されたようなヤツが浮気なんか出来るものか。されるほうだろ、普通は!」
「姫さんという素敵な女性と婚約しても、卑屈さは拭えないみたいですねぇ〜」
妙に納得しているヨシツネの横に居並ぶ四天の他の三人もうなずいている。
「それでユリウス団長。どうして急に謝ったりなんかしているのさ」
ベルもまた以前通りの呼び方で訊く。
「なんだ、わからんのか」
意外だとばかりにユリウスがとても呆れている。
はぁ? とベルは唖然茫然の態である。
普通はわからないですよ、とヨシツネは口にしている。
イザークは固く口許を引き締めている。面白くなりそうだとする期待を必死に押し殺している。
珍しくアルフォンスは両者間の調整役を買って出ようと前のめりになっている。
わかんなーい、とマギが無邪気に発してきた。おかげで四天の四人は何もしなくても解答へ向かっていく。
「そうか、そうだな。ちゃんと自らの口で説明すべきだな。わかってくれなど、あいつらならともかく、例え幼くても婚約が持ち上がっている相手に失礼極まりないな」
なんか引っかかるな、とヨシツネの呟きに、「だよね」とベルが肩をすくめている。
背後の四人など気に留めないユリウスは横を向く。プリムラへ、ちょいちょい、と手招きしている。相変わらず両膝は路面に着けたままだ。呼んだ相手が来れば両手で差し出すような仕草をして紹介する。
「マギよ、この方が俺の婚約者となってくれた王女じゃなくてプリムラだ。ちなみその前に三回という数の婚約破棄を経験しているこの俺だ。わかるか」
五歳の幼女のみならず周囲にいる大の大人だってわかるわけがない。
わからないよー、とマギは少し頬を膨らませてくる。
ど直球な不承知にユリウスは焦った。うおぉおおー、と頭を抱えては叫ぶ。
「どうすればいいんだ。捨て身の誠意であれば大丈夫だと思ったんだが」
捨て身や誠意の前に、単なる錯乱にしか映らない。
「俺は王女じゃなくてプリムラという素晴らしい女性へたどり着いたにも関わらず、婚約破棄された痛みは一回一回、全部で三回が忘れられん。だからこそ与えるような真似はしたくないんだー」
もし謝罪の相手が妙齢の女性だったら、まだと出来た。五歳の女の子に土下座で泣きついているとしか見えないから、これは一体なんだ? となる。実際、後ろでアルフォンスが「どうしたものかのぉ」と顎髭を撫でている。
「じゃぁ、マギはユリウスのお嫁さんになれないの……」
シルフィーが楽々に抱えられるくらいの小さな女の子だ。それがちょっと泣きそうになっている。
熊かゴリラかとする漢は、もういけない。
「いや、待て待て待てー。そんな悲しむ必要はないぞ。マギは若い、そう若いじゃないか」
そらまぁ五歳ですかね、と背後でツッコむヨシツネは無視されて続く。
「いいか、マギはこれからだ。いろいろな人々と出会って、その中からこの人と言える男性と巡り会うものだ。婚約を破棄され続けたのも、プリムラという方と出会うためであったと今は思える俺だ。良かったとさえ考えられるようになっている」
婚約破棄は辛いって言ってなかっけ? とベルは指摘せずにいられない。
たった今、言ったばかりだよな、とヨシツネも聞こえる大きさで言う。
ふぉっほっほ、とアルフォンスは笑うだけだ。
うぐぐ、とユリウスは細かに身体を震わす。背後にいる連中の好き勝手に反駁したい。だが今は婚約させられそうになっている女の子を最優先すべきとした。マギ! と始めた。
「これから出会う人のため、俺なんかで人生の経歴に傷付けるようなことなどあってはならん。王女じゃなくてプリムラ本人へまだ恥ずかしくて言えていないが、生涯の伴侶はおまえだけだと、いつか伝えられたら思っている」
ちなみに伝えたいとする相手は横に立っている。ユリウス自身がこの位置へ呼んだ。
頬を赤らめながらもプリムラは当惑を隠せない。声がけするべきか? けれどもすっかり存在を忘れて告白しているくらい当てはつく。気づいたら仰天する姿が目に浮かぶ。
現在はなによりマギの説得をしたいみたいだ。ならば集中させてあげようと慮った。
ただ残念ながらである。
「ユリウスぅ〜、それくらいマギだってわかってるよ。これでも部族長の娘だもん」
「そ、そうなのか」
「うん、みんなが上手くゆくためのお嫁さんになるくらい、わかってる。ちゃんとマギは部族長の娘としてがんばらなきゃ、ママが安心して……」
先だって犠牲になった部族長の妻であり兄妹の母親を思い出す話しになれば、言葉が詰まる。必死に涙を我慢する幼女に、ユリウスが慌てないわけがない。
「そそそうか、そうだな。マギはおのれの立場を理解できる偉い子だったな。そうだ、そうだとも、マギは立派な女性だ」
「マギはお婿さんが他の女の人を好きでもいい。みんなのためになって、それでマギが好きと思えれば、いいの」
「そう、そうか。それは素晴らしいことだ。そんなマギの気持ちを無下にするなど、とんでもないな。俺はマギの考えを第一としよう」
やったー、とマギが両手を上げて喜んでいる。
はっはっはっは! とユリウスはいつもの高笑いを挙げた。姿勢は両手両膝を地面に点けたままである。
どうやら捨て身も誠意も関係なく決着を見ていた。