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34.漢、雪の国へ3(まさか、ですか)

 プリムラとツバキは対決と称していい不気味な笑い合いを行っていた。

 けれども恋愛の匂いを嗅ぎ取れる声が飛び込んできた。意識は持っていかれる。

 二人は一斉に笑いを止めただけではない。

 まるで息を合わせたかのように、バッと顔を同時に振り向ける。


「もしやアルフォンス様には意中の方がいらっしゃるのですか」

「愛について考えるようになるなど、相手がいてこそですわ」


 わくわくと高鳴りが聞こえてきそうな女子二人だ。


 ふぉっほっほっほ、とアルフォンスは余裕そのもので応える。


「さぁ、どうだろうか。恋愛事など、吾輩(わがはい)に似合わないくらい自覚しているからのぉ」


 せめてお相手がいるかどうかだけでも、とツバキが喰い下がる。

 が、返ってきたのは笑い声だけだった。


 ところでアルフォンス殿、と今度はフンギが呼ぶ。


 プリムラとツバキは、二人が期待する話題を押し進めてくれるのか、と目を輝かせる。だが残念ながら彼はドワーフの長とする立場を自覚する壮年男性であった。


「貴殿はドワーフでなくても、我らの血筋に類してはいませんか」


 むしろ女性陣のかしましい興味から救うような質問をしてきた。


 アルフォンスのがっしりした体格に髭面とした特徴は、いかにもドワーフである。備えた雰囲気はフンギと酷似している。もっとも同一人物とまで見間違えする者はユリウス以外にいないだろう。


 ふぉっほっほ、とアルフォンスは顎髭を撫で出す。


「どうだろうな。吾輩は親を知らん。いちおう面倒みてくれた者は両方とも人間だと言っていたが、この風貌だからのぉ。祖先を辿ればドワーフの縁戚が出てくるかもしれんのぉ」

「はるか昔は人間も亜人も関係なく共に暮らしていたようですからね」


 プリムラが学識の一部を披露すれば、フンギが口許を緩めた。


「そう考えればプリムラ王女様はエルフを祖先に持つかもしれませんね」

「わたくしが、ですか?」

「ええ、王女様にはエルフ女性特有の美しさへ通じるものを感じます」 

 

 賞賛されているとわかっていながらもプリムラはいじけてしまう。


「でも、わたくしは……シルフィー様のような大人の魅力がございません」


 まぁ、姫さま! と隣りに座るツバキがたいそう驚いてみせてくる。わざとらしいとも解釈可能である。


「まさかそれほどまでコンプレックスを抱かれていたとは! 気づけず侍女として恥ずかしい限りですわ」

「ツバキが気に病むことではないでしょう。これはわたくし個人とする劣等感なのです」

「いえいえ、常に姫様のおそばにある身としては、幼児体型としない私にはわからないなどという言い訳は立ちません」


 このヤロ、とプリムラはなるがおくびにも出さない。まだわだかまりは消えていない。こっちも気分は治まっていない。

 おほほっ、と冷たく笑ってみせる。


「ツバキもシルフィー様のプロポーションには太刀打ちできないものね。つい比較がわたくしへ向かう気持ちはよぉーおおくわかります」


 フンギはさすがドワーフの部族長である。不穏な空気に、話題を変えにかかった。


「そのシルフィー殿ですが、ここ最近でずいぶん様変わりなされました。私ども、本当に驚いております」


 そうなのですか、とプリムラが不思議そうに応じる。


 どうやらフンギの目論見は当たったようだ。ならばと顎髭を撫でるくせなどないドワーフは話しを続ける。


「我らドワーフとエルフは本来それほど友好的な関係にありません。対立とまでいかなくても、エルフ側には生理的にとする理由で嫌う方がいらっしゃいましてね。その急先鋒が部族長の息子であるシルフと孫娘のシルフィーだったのです」

「ちょっと意外です」


 へぇ〜となるプリムラにツバキだ。

 グネルス皇国から森の国へ入国して以来、シルフィーを初めとするエルフには穏やかな感じしかしなかった。他者を理由もなく厭うなど微塵も窺えなかった。


「習慣がだいぶ違いますからね。こちらは穴蔵にこもるにも似た生活に対し、日に何度も沐浴をするエルフは体臭の差に耐えられなかったようです。シルフィー様などは特にでしたよ」

「意外です。それは、とても」


 思わずプリムラは横を向く。顔を合わせたツバキがうなずき返す。

 どうやら女性陣のしこりが取れていくようであれば、フンギは微笑んだ。


「一気に風向きが変わったのは、グノーシスの策略からユリウス様に助けていただいた一件からでしょうか」

「親善などと称しながら、実は秘密裏で拉致を企んでいた件でしょうか」

「はい。我が子たちを送り届けてくれたのがシルフィー様です。母親を亡くして泣く子供たちに夜中ずっと寄り添ってくれたそうで……感謝しかありません」


 ああ、とプリムラは出ても言葉が上がらない。


 ドワーフの幼き兄妹の母親ということは、部族長フンギの妻である。目の前にいる方もまた傷心を抱えているだろう。ここまでかくしゃくと話していたが、亡くなった事実を口にしてから少し目線が落ちている。


 ふぉっほっほ、とアルフォンスが笑いだす。気を遣っての所作であるくらいわかる。このまま空気が沈まないよう言葉も発してくれる。


「姫も他の婚約者が増えて面白くないだろうが、今の話しは少しなぐさめになったかのぉ」

「はい。フンギ様のお話しで、わたくしは現状をより受け入れられるようになりました。ユリウスさまがこの事態を見過ごせるわけがありません」


 そうだのぉ、とアルフォンスも想いを馳せているのか。樹木の間から覗く空を見上げている。


 ついプリムラも一緒になって同じように上へ視線を向ける。


 縁もゆかりもなくても、亜人であっても、残された親子をこれ以上悲しい目に合わさせはしない。ただそれだけで圧倒的に不利な戦況へ一人で飛び込めてしまう。それは生まれ育った集落が一方的な殺戮にさらされたさまを心根へ深く刻んでいるからだろう。


 ユリウスが戦う理由の根幹と言ってもいい。

 そんな彼を少しでも手助けしたい。女としての悋気(りんき)など出している場合ではない。


 ところで、とフンギが意見したいとする声を挙げた。


 注目をプリムラだけでなく、アルフォンスも向ける。


「私が今、一番に懸念することはプリムラ王女様の命です」


 フンギの言葉が終わらないうちだった。


 取り出した短剣を右手にしたツバキは左手を懐へ突っ込んでいた。忍ばせている手裏剣を握る。

 瞬時にして臨戦体制へ入っていた。

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