33.漢、雪の国へ2(残された者たち)
ドワーフの中央集落『スヴェルト』は鍛治で栄える部族だけに工房が立ち並ぶ。雪から逃れる山間に位置するものの寒冷は厳しい。それでも磨かれた技術力を誇示するかのように堅牢な街並みだ。
「立派なものではないか」
一目するなりユリウスが感嘆を挙げた。
すぐ背後でヨシツネとベルが、うんうんとうなずいている。
そんな三人へ向かって、イザークは噛みつかずにいられない。
「おまえたちのせいだぞ。ここまで辿り着くのに、これほど疲れさせられたのは」
予定より大幅に時間を食っていた。
思わぬ敵の襲撃があったわけでもない。すんなり到着となるはずだった。
問題は旅する一行の指揮官が強い癖を持っていたことだ。
まだ出立してまだ間もない頃である。
「ここは俺が先頭に立とう。なにが起こるかわからないからな」
森の国の内であれば樹々の隙間を縫うような獣道しかなく、目指す先は足を埋めるほどの積雪が待っている。馬車は考えられず、徒歩しかない。心配すべき女性陣はプリムラとツバキに、シルフィーの三人である。王女と思えない健脚に、元来はニンジャとする強者、そして森林で生活を送るエルフといった構成である。
当面の道程に問題ない。
ならば先導を、とユリウスは張り切った。
だが周囲の者にすれば、以前のように受け入れるわけにはいかない。
「団長では収まらない大事な立場になったことを理解して欲しいな」
そう断ってハーフエルフの弓使いベルが先頭へ出る。
「まったく大将が先陣切ってどうします」
身軽な身体能力を活かした剣戟で名を鳴らすヨシツネもまたユリウスを追い越す。
四天と呼ばれた二人が騎兵団に在籍時以上の腹心とする行動を見せた。
ユリウスのほうはいろいろ状況が推移しても、元が変わらない。
「なんだとぉー、俺から闘う姿勢を取ったら、ただ婚約破棄を三回されただけのしょうもない男しか残らないではないか。それでは王女じゃなくてプリムラに申し訳ないぞ」
どうやら婚約者の呼び名を改める以外の努力はする気がないらしい。ベルとヨシツネを追い越していく。
先行された二人が大人しくするはずもない。配下の立場をより遵守していくなどという殊勝さではなく、ムキになる。「まったくぅ」と「そうはいきませんよ」と口にしていれば、再びベルとヨシツネは前を行く。
ここでユリウスは、負けじとなる。はっはっは! と高笑いしながら追い抜く。
ベルとヨシツネは顔を見合わせた。次の行動は一致していた。「素早さなら僕のほうさ」とする前者に、「負けたくね〜」と発する後者である。
対してユリウスは「なんだと!」とくる。
三人が先を争う事態へ発展した。
後ろで呆れている分には良かった。まさかと思う間もなく、視界から消えていく。
「まったくー、あいつら、子供か。連れ戻しにいかなければならなくなったではないか」
吐き捨てるイザークへ、他は同情を寄せずにいられない。
「でもどこへ行ったか、見当がつきませんが」
ドワーフの部族長フンギの尋ねに、ふっとイザークはキメ顔を作る。グレイが気持ち悪いとする表情である。
「考えなしとなったユリウスの行動など手を取るようにわかります」
「考えなしですか」
「はい。本能のままとなったユリウスであれば、真っ直ぐしかありません」
「それでは行き先と方向が違いますが」
「それがユリウスです」
断言であった。士官学校からの付き合いとする意見であるだけでなく、ユリウスを知る者に対して妙な説得力も兼ね備えていた。
連れ戻しに行くとなったイザークは、皆にここで待つよう願い出た。幸いにもすぐ近くに切り株を椅子とする休息場がある。火起こしを容易にする焚き場も用意されている。
「アルだけでなくツバキもいるから大丈夫だろう」
ツバキはイザークから今までにない信頼を獲得していた。セネカが中心となった暗殺者たちに対し、共になって戦った経験は大きい。もし昨夜の件がなければ、こうも簡単に探しに行くなどと言い出さなかったかもしれない。
探しに行くならば私も、とシルフィーが名乗り出た。森のなかであれば、領内とするエルフが一緒は心強い。
さっそく追いかけるイザークとシルフィーの両者は樹々の間へ消えていく。
残されたプリムラとツバキにアルフォンス、フンギの四人は休息場で腰を落ち着けた。お茶のために起こした焚き火を囲んだ。
お湯が沸くのを待つ間に、アルフォンスがプリムラへ話しかける。
「昨晩のようにいきなり襲撃されても、吾輩が命に賭けても守るから安心して欲しいの。それに姫お付きのツバキは大したものだったと、つくづく思い知ったのぉ」
「改めて仰らなくても、わたくしはユリウスさまと共に命を救ってくれたアルフォンス様へ寄せる信頼は絶大と申し上げさせていただきます。ツバキも強さにおいてだけは、信頼しておりますし」
ツバキはカップを渡していく。フンギに始まりアルフォンスへ、そしてプリムラの順番に至った際に申す。
「いやですわ、姫様。身の回りのお世話も完璧なスーパーメイドに護衛力しかないような言い方は客人にあらぬ誤解を招きますわ」
「先日、森の国の滝において、なんでツバキが暗殺者の襲撃に四天の方々と一緒になって即応できたか、不思議なの」
プリムラがにっこり笑っている。ちなみに目は笑っていない。
長く共にしてきたツバキである。いつも通り落ち着き払っている。
「やはり姫様を一人だけにするなど心配です。せめてユリウスさまが滝行から出てくるまではそばにあるべきと向かったら、ちょうどよく敵の襲来にかち合いました」
「ちょうどよくなの?」
「はい、ちょうどよくです」
プリムラは言葉で返さなかった。うふふふ、と聞く者に警戒心しか湧かせない笑いを立ててくる。ツバキもツバキで、同様の響きで応じる。
姫と侍女、二人の女性は腹の探り合いと一聴で知れる笑いの応酬をかましていた。
「あ、アルフォンス殿。放っておいて大丈夫なのでしょうか」
心配もあれば怯えも走るフンギが隣りの勇将へささやく。
ふぉっほっほ、とアルフォンスが顎髭を撫でながら通常の声量で返す。
「姫は愛情に篤いお方だからのぉ、心配は無用ですぞ。なにせ吾輩も当てられて愛とは何か、考えるようになったくらいだからのぉ」
もしヨシツネやベルだったら、顔に似合わないと、からかっていただろう。
プリムラとツバキは、ぴんっときた。
つい今までのいがみ合いはどうしたというくらい、二人揃って下世話な顔を振り向けた。